イベントレポート

2021.04.25

アート体験型マルシェ FOOD ART STATION “Sense of Wonder” (素材への感性)

▼イベント動画を視聴できます。レポートと合わせてお楽しみください

Facebook動画で視聴できない方はYouTube動画(こちらをクリック)も視聴可能です。レポートと合わせてご覧ください。

去る3月14日(日)、日ノ出町駅~黄金町駅の高架下にて、「FOOD ART STATION」が開催されました。FOOD ART STATIONとは、世界でも前例のない「アート体験型マルシェ」です。

初音町・黄金町・日ノ出町の頭文字をとって、「はつこひ」と呼ばれる高架下近辺のエリアでは、毎年秋に「黄金町アートバザール」、年に数回「パンとコーヒーマルシェ」といったイベントが開催され、アートと食という2つの分野が特に盛り上がりをみせています。そんな見どころたっぷりのはつこひエリアに足を運んでもらうなら、「アート作品を観に行こう」、「美味しいパンを買いに行こう」だけではもったいない!食とアートという2つの異なるカルチャーをかけ合わせることで、新たな1つの体験として感動を与えることができるのではないか。この街だからこそできるこの挑戦が、FOOD ART STATIONです。

“STATION”という言葉には、“二つの駅の間に挟まれたエリア”という意味に加えて、このイベントが繋がりの創出や文化の発信を担う新たな地域拠点のような存在になって欲しいという思いが込められています。

そして、今回のFOOD ART STATIONでは、食とアートという異なる領域から1つのイベントをデザインするために、“Sense of Wonder” (素材への感性)というイベント全体のテーマが据えられました。 sense of wonderとは、「神秘さや不思議さに目を向ける感性」を意味する言葉で、1960年代に環境問題へ警鐘を鳴らしたアメリカの生物学者レイチェル・カーソンの遺作のタイトルでもあります。このテーマについて、イベントの当日パンフレットには以下のように記されていました。

「素材を選び、アプローチを考え、様々な試行錯誤を通じて何かをつくり出す。作品をつくる事にも、食材や料理をつくる事にも、そこには人の感性が存在しています。」
(FOOD ART STATION Sense of Wonder~素材への感性~ 当日パンフレットより)

“sense of wonder”という言葉で、食とアートという異なるカルチャーを融合させたFOOD ART STATION。世界でも前例のないこの「アート体験型マルシェ」は、一体どんなイベントになったのでしょうか。当日の様子をレポートします。

さあはじまり!ジャムセッション!

FOOD ART STATIONの開幕を彩ったのは、「朝ごはん」をテーマとした創作活動「朝ごはんダンス」を続けてきたasamicro さんによるスペシャルパフォーマンス。テーブルの上に置かれたパン、果物、野菜、そしてジャムの瓶。それらを使い、思わず笑みがこぼれてしまうようなコミカルな演出も交えながら、しなやかに「朝ごはん」の世界観が表現されていました。

asamicroさんが作り出す空間に惹きつけられ、会場の近くを歩いていた人が、1人、また1人と足を止め、パフォーマンスに釘付けに。パフォーマンスが終わるころには、多くの観客がasamicroさんを囲み、大きな拍手を送っていました。

感染症対策も忘れずに

マルシェには、パンやコーヒーを中心に全17店舗が出店。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、マルシェは風通しの良い3つの施設(Tinys Lab Koganecho、Chair COFFEE ROASTERS、日ノ出町フードホール)に分散して行われました。また、会場に人が密集することのないよう人数制限を儲け、入場可能時間を記載した整理券の配布、入口でのアルコール消毒などの対策が行われていました。

Tinys Lab Koganecho

Chair COFFEE ROASTERS

日ノ出町フードホールテラス

パンとコーヒーマルシェ×Organic

パンとコーヒーマルシェは、はつこひエリアを代表する大人気のイベント。今回は「×Organic」というコンセプトのもとで、BREAD、COFFEE、ORGANICという3つの分野から、素材にこだわる17の店舗が集結しました。

土間カフェ

Asmuffin

BREADの分野では、国産小麦や米粉を使用したパン、天然酵母のパンなど、素材や作り方にこだわった商品が集まりました。シンプルな食パンから、ベーグル、マフィン、フォッカチャ、サンドウィッチなど、一口に「パン」といっても、その種類は実に様々。一度にいろんなパンと出会うことができるのは、マルシェならではの魅力ですね。

HIRATA COFFEE

コーヒーをメインにしたお店は全部で4店舗。感染症対策のためその場で淹れたてのコーヒーを飲むことはできませんでしたが、その分ゆったりと店主さんと話をしながら、丁寧に豆を選んでいる人が多いようでした。

今回のマルシェはパンやコーヒーの枠に縛られず、「オーガニック」のお店が多数出店していました。無農薬・無化学肥料栽培を行う地元農家チーム「ヨコハマベジメイトプロジェクト」もその1つ。ブースにはまさに「オーガニック」な野菜たちが並んでおり、パン目当ての来場者が多いなかでも、フレッシュな雰囲気で多くの人を惹きつけていました。

東京べーぐる べーぐり

会場に人数制限を設けていたため、普段のマルシェよりもゆったりと、店主さんとお客さんがコミュニケーションをとっている姿が印象的でした。コロナ禍で人数制限をしたからこそ、商品の作り手と買い手が「素材への感性」を共有できる時間が生まれたのかもしれませんね。

“アート体験型”マルシェ

このように、一見何の変哲もないマルシェに見える今回のイベントですが、会場には「アート体験型マルシェ」としての仕掛けがしっかりと施されていました。

この仕掛けは、黄金町で活動するアーティスト5名とマルシェに出店する6店舗のコラボレーションによって生み出されたもの。コラボレーションは、東京べーぐる べーぐり×山本貴美子、As muffin×山本貴美子、ムール ア・ラ ムール×安部寿紗、rebake×小畑祐也、Ange Pastry×平山好哉、 FarmDeli&Bar×Johnagami Labといった組み合わせで行われました(FOOD×ARTの順に記載、敬称略)。ペアとなった食の出店者とアーティストが対話を行い、そこから見出した“素材への感性”が、インストラクションと作品展示という形で表現され、来場者に届けられました。

「指示」を意味するインストラクションという言葉。アートの分野では主に、「鑑賞者への指示」のことをさします。今回のイベントでは、パンを買った時に同封される「ご自宅でお召し上がりになる際には、トースターで5分ほど温めてください」というメッセージの形に倣って、インストラクションが作成されました。

インストラクションを制作したのは、食の出店者と対話を行ったアーティストたち。パンや野菜をより味わい深く食べるための「ひと手間」を、アートの視点から創造しました。このひと手間は、「インストラクションペーパー」といった形で、鑑賞者でありお客さんであるイベント参加者のもとに届けられました。

コラボレーションを行った6店舗でパン・野菜を購入すると、そのお店の商品に合わせたインストラクションペーパーが手渡されます。なかには「6店舗すべて揃えました!」という来場者の方もいらっしゃいました。

帰ってからも楽しいインストラクション

インストラクションペーパーと共に「ちいさなおみやげ」を渡していたのが、ムール ア・ラ ムールさん。伊勢原市に店舗をかまえる、自社製粉の国産小麦を使ったパンのお店です。オーナーシェフの本杉正和さんは、小麦農家と共に、麦踏みという小麦固有の栽培方法の伝承と食育を目的とした「麦踏み塾」を開催しています。

コラボアーティストである安部寿紗さんは、お米にまつわる伝承やお米そのものの生態に自己の内面を投影させた作品制作を行っており、2019年度より黄金町のアーティスト・イン・レジデンスプログラムに参加しています。今回のコラボに際して、本杉さんから麦踏みのお話を聞いた安部さんは、「ただ踏むこと」と「真剣に踏むこと」の差異におもしろさを見出したといいます。そこから着想を得て、インストラクションペーパーに添えるちいさなおみやげの「羊皮紙でできた鳥」が制作されました。

ムール ア・ラ ムールのパンを購入したお客さんは、インストラクションペーパーの指示に従い、羊皮紙でできた鳥を靴の中に入れます。そして「家に帰るまでの道のり、真剣に地面を踏みしめて下さい」という言葉通り、真剣に地面を踏みしめて歩きます。

実は羊皮紙は、硬くてあまり折り紙には適していない素材なんだそう。その羊皮紙をあえて選んだのには、踏むことによってしっかりと折り目が付き自立する鳥ができるように、という理由があるそうです。さらに、この鳥のお腹には花が入っており、踏みしめながら帰ることで鳥と一緒に押し花もできてしまう、という素敵な仕掛けもありました。

羊皮紙でできた鳥の展示

なかには、鳥を靴に入れながら、イベントを楽しんでいる方も。何気なく歩いているあの人が、実は靴のなかで鳥と押し花を作っているかも?と思うと、会場を歩いているだけでワクワクしますね。

インストラクションペーパーを持っていたこちらのおふたりにお話を伺いました。

右の女性「鳥のインストラクションは、押し花もできるというのが、帰ってからも楽しみがあってすごく嬉しいです。帰ったらまたゆっくりインストラクションを読みながらパンを食べたいです。」

左の女性「この紙がなかったら、食べて美味しかったねで終わり。だけどこれがあることで物語が追加されて、より豊かに味わえる気がします。」

パンを片手にアート鑑賞

FarmDeli&Bar×Johnagami Lab テキスト&作品展示@日ノ出町フードホール

インストラクションペーパーの配布に加えて、会場ではテキストと作品の展示が行われていました。この展示では、食の出店者との対話からインスピレーションを得てアーティストが創った作品、そして食の出店者とアーティストそれぞれが「素材」をテーマに、自身が感じることや考えることを綴ったテキストが展示されました。食もアートも、人の心身を満たすものには、必ず素材へのこだわりや思いがある。たしかにあるはずなのに、消費者や鑑賞者といった受け手が、作り手の素材への感性を知る機会は決して多くはありません。今回のFOOD ART STATIONは、あえてその素材への感性を言語化し展示することで、いつもの買い物、いつものアート鑑賞とは一味違う「アート体験型マルシェ」ならではの空間がつくられているように感じました。

会場には、パンの袋を片手にアート作品を鑑賞する人たちの姿が。FOODとART、1つずつではなく、2つ同時に楽しんでしまう。まさに、この街、このイベントらしい光景ですね。

ご友人と一緒にイベントに参加していた男性が、展示の感想をお話してくれました。

写真右の男性「フードとアートの世界が同じ場所にあるということ自体が日本ではあまりないと思うんですけど、今日は注文を待っているときにふと、近くに展示されているアート作品が目に留まって。僕は美術系にあまり縁のない生き方だったんですが、作品が目に留まると、こういう作品を創る人がいるんだって記憶に残るし、それがきっかけで調べてみようかなという気になってので、すごく良い体験をした1日だったなと思います。」

オリジナルランチボックス”Sense of Wonder”

FOOD ART STATIONの見どころは、アート体験型マルシェだけではありません。日ノ出町駅近くの高架下にあるTinys Yokohama Hinodechoでは、オリジナルランチボックス「“Sense of Wonder” by七草」が限定20食で販売されていました。このランチボックスは、石川町にある横浜野菜と日本酒のお店「七草」の店主・南雲信希さんが“Sense of Wonder”をテーマにプロデュースしたこの日だけのオリジナルメニュー。横浜で無化学肥料・無農薬の栽培を行う「えんちゃん農場」の野菜をメインに、素材にこだわって作られた一品です。こちらは販売開始と共に大人気で、あっという間に完売していました。

イベント恒例!mizube bar

Tinys Yokohama Hinodecho前の大岡川沿いには、このエリアのイベント時には恒例となりつつあるmizube barが設置されていました。mizube barは、日本大学理工学部海洋建築工学科の親水工学研究室によって設置された川辺や海辺の防護柵などをカウンターバーとして活用する空間装置です。今回も、マルシェで買ったパンや七草のオリジナルランチボックスを食べる場所、ほっとひと息つく場所として、多くの人に利用されていました。

パンとコーヒーを買いに行こうパレード

お腹を満たしてひと息ついた午後1時。asamicroさんが、子どもたちと共に再びTinys Yokohama Hinodecho前に登場し、FOOD ART STATIONの会場の間を移動する「パンとコーヒーを買いに行こうパレード」が始まりました。すれ違う人に手を振ったり、大岡川を行く船に手を振ったり、落とし物の周りを囲んでみたりと、街全体をステージにしたパフォーマンス。イベントに参加していた方は、「パン目的で来たけれど、こういうパフォーマンスを観れるのはすごく良いですね」と、パレードを楽しんでいる様子でした。

FOOD ART STATIONスペシャルトークショー

マルシェの賑わいが少し落ち着いてきた午後3時。Tinys Yokohama Hinodechoでは、「FOOD ART STATIONスペシャルトークショー 料理人の持つ素材への感性を探る ~呼吸の料理 深澤 大輝~」がスタートしました。

ゲストスピーカーの深澤大輝さんは、食と心のラボ「ユグラボ」を主催し、横浜・都内をはじめ、沢山の素敵な飲食店のフードプロデュースを行いながら、「呼吸の料理」の研究をしている料理人です。

トークショーでは、深澤さんのこれまでの歩みや、レシピ本なのに分量がほとんど書かれていない自身の著書について、そして呼吸の料理そのものについて、深く掘り下げてトークが行われていました。質疑応答は参加者が10人という限られた人数ということもあり、設定した時間をオーバーするほどの盛り上がりを見せていました。

トークショーに参加した女性にお話を伺いました。

女性「私自身がヨガをやっていることもあって、呼吸の話はすごくおもしろかったです。トークショーには何度か足を運んだことがあるのですが、今回は人数制限があり少人数だったのでラッキーでした。深澤さんは感性や感覚も優れているけれど、知識も豊富で理論的にお話しされるので、それを他の参加者の方がどんな受け取り方をするのかというのにも興味があって。少人数だからこそそういう雰囲気も感じることができて、良かったなと思います。

素材への感性っていうテーマだったんですけど、素材の捉え方も色々あって、例えば天気とか空間というような自分の生活と繋がっているものも素材と考えると、素材っていうところから広がる世界があるように感じて、sense of wonderってすごく良いテーマだなと思いました。」

FOOD ART STATIONという挑戦

前例のない挑戦であったアート体験型マルシェ・FOOD ART STATION。食とアートという一見異なるカルチャーを、“素材への感性”というテーマで融合させることで見えてきたのは、「境界線のなさ」ではないでしょうか。食とアートという異なる分野であっても、素材への感性を大切にする作り手の感性に違いはありません。イベントに足を運ぶ人々にとっても、心に栄養を与えてくれる存在としては、食とアートに区別はないはずです。

食というカルチャー、アートというカルチャーではなく、「食とアート」というカルチャー。まだ名前のないこのカルチャーを味わえる場所として、はつこひエリアが更なる盛り上がりを見せる未来が楽しみですね。