ローカルキーマン
アート2021.10.04
末吉町
アートはどこにだってある「日常とアート」 暮らしの中で見つける創造性
私たちは自分の可能性をもっと信じてもいいのかもしれない。
美術家・稲吉稔さんが役者・渡辺梓さん、有志と共に設立した「似て非works株式会社」。築60年・4階建ての元銀行跡ビルをアート・スペースniteh worksとして空間制作と運営(~2016年)をスタートしたのを始め、さまざまなアート空間を制作している。
横浜生まれの稲吉さんが横浜でアート活動を行うのは偶然か必然か。継いだ父の町工場をたたんだ後、27歳のとき井土ヶ谷にある美術学校「Bゼミスクーリングシステム」に通ううちに、美術家への道を開いていく。その後、「日常とアート」をテーマに活動されている稲吉さんにお話を伺った。
運命を感じた 物件との出会い
「似て非worksの原点は大和市で過ごしたアトリエでの生活です。アトリエの裏の竹林にキッチンと大きな浴槽が一体となった場を手作りしたり……。子どもは保土ヶ谷の保育園に通わせていたんですが、週末になると子どもたちの友達が毎週集まってはしゃいでいるのを親御さんたちと見る……なんていう交流をしていました。
その後、生まれ育った横浜に戻ってきたのは2010年ごろ。
最初に出会ったのは野毛の物件だったんですが、調査をしたところ劣化が激しく、リノベは無理でしょう、ということでした。そのあとに出会ったのが若葉町のもともと金融機関だった4階建てのビルでした。ビル一棟というのは想定外の広さだったんですけど、その場所にすごく可能性を感じたんです。なんだろう……魅力にとりつかれたというか。
『似て非works』を立ち上げたのもその頃です。
ただ、自宅と家賃二重払いは無理だろうということで、そのビルの3階に親子4人で引っ越しました。最初の半年はビルの中でテント暮らしだったし、瞬間湯沸かし器でお湯を貯めてお風呂を溜める、みたいな生活でしたね。子どもは楽しそうだったけど。

当時のアートスペース
そこではシェアアトリエということでやっていたんですけど、何人かクリエイターも入居してくれました。そのビルでは2016年まで活動していました」
ベースとなっているのは「日常とアート」というテーマ

稲吉稔さん
「『似て非works』の始まりはアートって日常の中にたくさんあるんじゃないか、というのが始まりです。
アートスクールに通っていたころに、ベルギーの現代美術キュレーターのヤン・フートがやっていた『シャンブル・ダミ』展の様子をスライドショーで見たのがきっかけ。和訳すると、『友達の部屋展』。国内外のアーティストを呼んで街中でやったんですね。街の中の展覧会ということで、人の家の中に飾るんです。彫刻は台座の上、絵画は壁に掛ける、ではなくてもしかすると壁に穴を開けるかもしれない。でもそれ自体が作品になるかもしれない。もちろん、全ての住人の人が承諾したわけではありませんでしたが、運営管理も町の人が警備員やったりだとか。
その光景がもう頭に焼きついて……人生が変わっちゃいましたね。僕が思ってたアートマーケットとは全然違う。日常の中にアートのヒントはいっぱいあるということを知ってもらうと、創造が生まれてくる。
そんな日常とアートがベースになって、実験行為みたいなことを繰り返している、というのが今ですね」
創造性は日常の中に、自分の中に
「最初は自分たちが使う建物の基本的なリノベーションを仲間の助けも借りながらやっていきました。そこから、空間自体を作るという仕事に繋がっていったんです。でも、いわゆる一般的なリノベーションとは全く正反対。もともとあった面影を活かしていく。例えば、何かを買ってきて貼っていくんじゃなくて、むしろ何かを剥がして残った模様を活かしていく。
アートを知ってから、自分でも予想外のことができるようになってきたというか……普通、物作りというのは卓上で考えながら、計画を立てて、空間やなにかが出来上がっていくというものだと思うんですが、僕の場合は全く逆。現場で考えたり、話したり、解体したりしながら発見するものと自分が持っているものをミックスして空間構成していく。そうやっているうちに、予想以上の成果が出てくるということを何度も体感するようになったんです。その体験をもっといろんな人に知ってもらった方がいいし、いろいろな発見もできるんじゃないか、と。

ワークショップ中の様子
さまざまなワークショップをしている中でも、老若男女問わず少しサポートするだけで、本人も予想外の展開のものが生まれているんです。そういうこと自体がもともと人が持っている創造性なんだろうな、と。そんな創造性が意外と日常にたくさん埋もれているんじゃないかと思うんですよね。特別な空間じゃなくて、日常のそれこそ路面でだって創造性に触れる体験はできるんです」
横浜だから生まれるアートがある

アート・スペース アップサイクルスタジオ 「niteh works 末吉町」
「東京に住んでいたこともありますが、自分が対象としているところとは違うな、と思って結局横浜に戻ってきました。東京にも魅力的なところはたくさんあるけど、何か違う。
若葉町は本当に温かい街で、住んでいる人たちが優しかった。生活はカツカツだったけど、得るもののほうが圧倒的に多かったですね。アートとか音楽とか、ジャンル問わずにいろんな人がいろんなことをやっていて、そのプロセスが見られるのはすごく大きいことだと思います。
広い視点で見たときに横浜っていう街は都市計画通りに進んでいっているけど、余白の部分がたくさんある。そういう隙間の部分からカルチャーが生まれていって、大都市との接触点ができて、そこからおもしろいことが起こるかもしれないな、と期待しています」
今の時勢を活かしてできるアプローチがある

©田中玲
「コロナ禍では、オンラインで今までとき違う試みができるようになったというのはあります。アートの間口を広げたい、裾野を広げたい、という気持ちはあったけれど、それは別にみんなでワイワイやりたい、というわけではないので、オンラインでもできるものですし。横浜という街はこういう街なんだよ、というのはもっと世界中に言っていったほうがいいかもしれないですね。
最近、おもしろいなと思ったのは宇和島での使われなくなった車庫を活かして行われた現代アート展。コロナの影響で、実際には見に行きづらいけど、オンラインでなら見に行ける。行けない分、いつか行きたいという思いも強くなる機会にもなると思います」
世界には自分が気づいていないものがたくさんある
「意外と自分の可能性を信じていない人が多い。きっかけがあれば大きな発見ができる、予想外のものが作れる、ということを自分が体感しているので、それをもっと多くの人に広めたいという気持ちは強くありますね。
日常にヒントがたくさんあることにも気がついてもらいたいし、日常は尊いものだということを俯瞰してもらいたい。
自分と、誰かと何かが掛け算されることで起こったものは、お互いにその答えを知らなくて良いんです。全然予想外のものになったりするし、結果オーライ。でも『それおもしろいよね』という記憶が刻まれるし、それが繰り返される中に創造の可能性が秘められているって思っているんです。世の中は答えがわかってることだらけです。そうじゃなくて、答えがわからないことだらけのほうが絶対面白いですよね」