ローカルキーマン
マルシェ2020.09.23
黄金町
わざわざ行きたくなる黄金町。マルシェを受け入れた地域のさらなる可能性
食欲をそそるもののひとつ、焼きたてのパンの香り。
本能的につい手が伸びてしまうおいしいパンを求めて、多くの人が黄金町に集まる日がある。2015年から「はつこひ市場」で春と秋に開催している「黄金町パンとコーヒーマルシェ」だ。2019年秋の開催時には、約60店舗のベーカリーやコーヒーショップが出店し、2日間の会期で動員はなんと2万人以上と、注目を集める食イベントとなった。同マルシェの企画運営を担当する臼井 彩子さんに話を聞いた。
戦後以来いくつもの節目で独自の力強さを見せてきた黄金町は、この10年でアートが根付き、さらにこの5年でマルシェという文化が定着した。その間、この街はどんな変化を歩んできたのだろうか。
新時代を迎えた黄金町に触れて
「黄金町バザールが始まった2008年に横浜市立大学の大学院に入りました。当時、所属する鈴木ゼミが黄金町に拠点を起き、街づくりに取り組み始めたんです。元々大学でデザインと建築を学んだ流れから街づくりに興味をもったのですが、自然と黄金町とのご縁が始まりましたね。
私自身は港北ニュータウンで生まれ育ったので、黄金町の独特さに初めは少し驚きました。その頃はまだ建物に昔の名残も多く、少し怖いと感じることもあったのですが、実際に地元の方々と交流が始まると、皆さんとっても優しかったんです。地域の商店のご主人や、婦人部の皆さんのパワフルさと温かさに随分支えてもらいました。
地元の皆さんによくしてもらってるうちに、この街にもっと関わりたいと考えるようになりました。黄金町はまさにこれから新しくスタートを切るところで、他にはない可能性を感じましたし、個人的にも学んできたことを活かしたいという思いもあり、黄金町という場の魅力に惹かれました」
暮らしの軸となる「食」への取り組み
「当時は、地産地消や横浜野菜といった考え方が始まった頃だったので、街づくりや暮らしの問題に向き合っているうちに、その先にある食というポイントに行き着きました。黄金町は問屋街としての歴史があり、今も鰹節や駄菓子、調理道具、包装梱包資材など、食に関わる商品を扱う卸売の店舗が立ち並んでいます。そうしたことも、食をテーマに考えるきっかけになっていたと思います。
卒業後、活動拠点としてこのエリアでカフェスペースを持ったことがありました。その時に当時の鈴木ゼミの学生と企画したのが『はつこひ市場』です。地域外からの出店者も迎え入れ、商店会の中だけでは揃わない産地直送の野菜やこだわりの食材が集まるイベントが定期的にあれば、地元の方々が集まり、交流の機会にもなると考えました。地域の方の話を聞いていると、新鮮なお野菜が買いたい、とか、パン屋さんのパンが買えたら嬉しいとか、あと、近所にはあまり買えないいつもより少し良いものとか、そういうものが求められていたんです」
出店者が教えてくれた、街の人の選ぶもの
「はつこひ市場は、商店会主催の形で2014年にスタートしました。今よりも市内にマルシェ自体少なかったですし、地域の方々も毎回足を運んでくれました。
近隣にマンションが増えてきた事もあると思うのですが、最近では想像以上に若い家族連れの層が厚くなりました。隣の区や沿線の隣駅など少し離れたエリアからも訪れる人も増えてきています。普段は地域の人たちしか通らないこの辺りに、わざわざ足を運んでくれる人たちがいる、ということが素直に嬉しかったです。地域の方々も喜んでくれましたね。
また開催を重ねる内に、多少値段が高くても良質な商品がよく売れるようになりました。出店者さんからも、この地域で良品のニーズを実感できた、と聞くことが増えました。
スタートから1年くらい経った頃、出店してくれていた方と相談して、もっとお客様に来てもらうためにパンとコーヒーを中心にしたマルシェをしたいね、と話すことがあったんです。都内ではパンに特化した屋外イベントがとても盛り上がっていましたし、私自身もパンが大好きなので、ぜったい楽しいはず!と思いました」
パンとコーヒーが結んだご縁を、つなぎ続けていくために
「昨年でこそたくさんの方に来てもらえるようになりましたが、最初は無名の小さなマルシェなので、1人でこだわりのパンを焼いている工房など小さなお店も多かったです。でもそれが逆に、お客さんにとってはレアなパン屋さんとの出会いとなり喜んでもらえたんです。
出店した方も、売上が出せると感じてくれるようになったら、パン屋同士でマルシェを紹介してくれたりして、お店の方から出店希望をもらうことも増えました。メディアに紹介されるような有名店の出店も増えだして、回を重ねるごとに大きくできたのは、お客様だけではなく、出店してくれる方々のおかげでもあります。
一緒にイベントを盛り上げてくださる方が多くて、マルシェでも横の情報交換やご縁ができると喜ばれます。最近では、近隣のエリアで新しく工房を始めたという方から、次回のマルシェに出店したいと声をかけてもらう機会も増えました。また、地元のお店のランチに出店者のパンが使われるようになるなど、地域との関係性が濃くなっていることも『パンとコーヒーマルシェ』の特徴だと思っています。主催側としても、販売だけを目的にする出店者さんよりは、この地域に興味をもってくれたり、地縁があるパン屋さんに出てもらうようにしています。
今はコロナのこともありますが、その前から、まだマルシェが関わりきれてないお店もありますし、高齢化による廃業など、この地域のお店の数は減少傾向にもあって、これからどうやって地域に還元し続けられるかは課題ですね。
ただ、黄金町は十数年掛けてここまで変化しました。アートの基盤によってクリエイティブの要素が根付き、独自の魅力をたくさん積み重ねることに成功した街です。マルシェに関わってくださる出店者の方やお客様を見ていると、この地域がこれからもどんどん魅力を増していくポテンシャルを感じています」
取材・文/ やなぎさわまどか