ローカルキーマン

コミュニティスペース2020.09.24

藤棚、戸部、野毛山

面白い場所の中心には山がある。野毛山を軸に広げた関係性。

YONG architecture studio代表永田賢一郎さん

街の活気や文化の醸成は、一体どこから始まるのだろうか。

横浜駅の東口側、100年以上続く藤棚商店街の中で地域を盛り上げている「藤棚デパートメント」。代表で建築家の永田賢一郎さんは、現在、藤棚から戸部や南太田にも拠点を増やし、街の暮らしや地域の変化を自分ごととして関わり続けている。

東京生まれの彼がこれほど深く繋がることになった横浜とのご縁や、今後のプロジェクトに関する話を聞いていると、斬新で、深くも楽しい観点に満ちていた。いつの間にか裏横浜という通称が定着しつつあるエリアだが、永田さんのように視点を反転させることができたら、むしろここが横浜の表になるのではないかと感じさせる。

仕事・遊び・学びをシェアする暮らし

「生まれは東京の幡ヶ谷なんですが、大学生の時にアルバイトしていた建築事務所が横浜で、新しく西戸部町に『ヨコハマアパートメント』というシェアハウスを始めたんです。一階が地域にひらけたような空間になっていて、共同キッチンでみんなの食事が作れたり、展示などのイベントもできて。僕自身も、そこに住みながら学生時代を過ごしたおかげで、誰かとシェアしながら暮らしたり働くというライフスタイルが自分の中では当たり前のものになりました。

独立した後、同じオーナーさんが藤棚にもシェアハウスを作ると声をかけてくれ、少し時間はかかりましたが2016年に『藤棚のアパートメント』が完成しました。建築家として設計だけして終わりというやり方に違和感があって、僕自身が主体的に関わって場を育みたいと思ったので、藤棚のアパートメントでも2部屋あるうちの一つに住みながら管理する暮らしを始めました。

その頃にはすでに周辺にいろんな拠点が増えていたので、近くのダンススタジオやCASACOなどのシェアハウスにレジデンスとして活用をしてもらうなどで地域の連携を強めてました。またこの頃は、ライターやフォトグラファーなどアーティスト仲間9人で黄金町にシェアスタジオ「旧劇場」も作っていました。元ストリップ劇場だった場所で少しアングラな雰囲気があって、改装するのも楽しかったし、4年間の契約期間にはいろんな企画やイベントもしましたね」

描いた構想が広がってきた流れ

「その頃から個人的に、横浜でも特に野毛山あたりが面白く感じはじめてました。自分の中では、『野毛山クリエイティブマウンテン』って仮称もつけたりして。野毛山を軸に俯瞰すると、山の麓に自分が住んでる藤棚があって、少し行けば拠点の黄金町だなぁ、とマッピングしてみたんです。ちょうど2016年にCASACOができたし、2018年には日の出町にTinysができました。この周辺のプレイヤーたちの拠点を顕在化していったら、港のイメージが強い横浜だけど、実はいろんな面白い場所の中心には山がある、これって、すごく面白いことだなって。

その頃、藤棚商店街の皆さんから、商店街の中にポップアップショップや1日だけのチャレンジショップができるような場所を作りたい、とご相談いただいたんです。僕自身の事務所を構える必要もでてきたので、事務所と、軒先やキッチンを貸し出せる場をセットにした構想を立てると、野毛山の話を聞きつけたオーナーからぴったりの場所を紹介してもらうことができました。そこからは、融資とか、クラウドファンディングを始めて、いろんな方に協力してもらって藤棚デパートメントを作りました。ちなみにこの名前は藤棚のアパートメントとの関連付けをするために一文字違いの名前を意図的につけました。

自分の飲食店や独立を目指す人たちが、まずは小さくスタートできることがポップアップやチャレンジショップの魅力です。藤棚デパートメントを利用したことで初めて商店街を認知してくれた人もいますし、それをきっかけにして正式な店舗やスタジオを始める人も少しずつ増えていきました。

藤棚商店街は100年以上も続く商店街ですが、僕らのやりたいことを理解してくれるんです。なにか相談すると一緒に考えてくれたり誰か紹介してくれたり、すごくやりやすかったですね。藤棚商店街は5つに分かれてるんですけど、僕たちの世代はその垣根を超えて同じ商店街として協働したりして、そうした動きも温かく見守ってもらえました。だから僕らは、商店街の中と外の情報や人脈を繋いだり、メディアに商店街を取材してもらったりして、これまではあまりしなかったような動き方をすることが役割でもあるし、且つ、上の世代への恩返しにもなると思っています」

横浜は、出会うべく人と会える街

「藤棚のアパートメントができて4年、おかげさまで多くの方とつながるようになりました。最近では僕や家族の生活も変わってきたので、思い切って別の場所に拠点を離してみるということも考え始めました。そうすることで地域に関わる人をさらに増やせると思ったからです。ちょうど大学で続けていた仕事も区切りがついたし、また、コロナ禍にもなったりして、いろんなことを同時並行させながら考えて、藤棚のアパートメントからの引越しを決めました。縁あって、横浜で事務所を続けながら長野県の立科町でも活動することになり二地域居住を現在しています。横浜では藤棚に続いて野毛山に「野毛山Kiez(ノゲヤマキーツ)」というシェアスタジオを作って、あと、南太田にも横浜での寝床を兼ねたシェアオフィスをつくっているところです。二地域居住の住まいの形、というのを模索していったプロジェクトです。

ひとつ決まると玉突き的に他のことも動き出して定まるもので、僕が出た後に藤棚アパートメントに住んで活用してくれる適任者と出会えたんです。

横浜は、新しく知り合う人でも、話してみると親しい友達が共通していたり、同じ場所の常連だったり、過去に同じイベントに関わっていたりすることが多いですよね。藤棚デパートメントでも、周辺にある焙煎コーヒー屋さん、アウトドアショップ、ビンテージ家具屋さんのみんなに共通のお客さんがいたりします。このエリアの関係性に厚みが出てきていることもありますが、横浜は、出会うべくして会う人とは過去にどこかですれ違っている可能性が高いんですよね。都内ではあまりない、横浜ならではのことだと思います」

カルチャーの醸成が住みやすさに変わる

「自分が関わっている街に親しい友達や好きなお店が増えると、また一層その街が好きになるし、住みやすくなりますよね。まちづくりはどうしても都市政策などの大きな話で捉えられがちですが、住みやすく感じるカルチャーが根付くことってとても重要だし、それができるのは、実際にその街と関わってる人たちしかいませんよね。

このエリアに関わるプレイヤーの数も増やしていきたいと思っていて、そのためにいろんな拠点が活用されることを考えています。例えば、野毛山Kiezはフォトグラファーが使う暗室があって、藤棚デパートメントまで行けばカフェもあるし、南太田まで行けばイベントや展示ができる。そうやって周りと繋がっていることで、小さい物件でも活かしあうことができます。これは、5年前に仮想で描いた構想にだいぶ近い形になってきたなぁとも思います。

せっかく面白い拠点が増えてきたので、いつか日程を合わせて、この周辺の場所がそれぞれのイベント開催をしたら面白いだろうなと考えてます。無理のないサイズのイベント開催でいいんだけど、野毛山まで来た参加者はイベント会場を散歩しながら巡ることができて。それがいつか、この山の新しいピクニックのスタイルになるかもしれないですよね。また、桜木町駅から野毛山動物園に遊びに来た人にとっても、帰り道は戸部の方におりてこの辺りの面白い場所を覗いたり、プレイヤーたちと話したり、銭湯や食事を楽しむことまでが野毛山の定番コースにできたらいいなと考えてます」

取材・文/ やなぎさわまどか

YONG architecture studio代表永田賢一郎さん

横浜国立大学大学院卒業後、上海の建築事務所にて勤務。藤棚デパートメントを拠点に、シェアオフィス、移動屋台、ゲストルームの設計、地域と人との関わりを創出する場所づくりを行う。

YONG architecture studio
https://www.yong.jp/