スペシャル対談

アート2022.03.05

黄金町

海を越えて黄金町へ。グローカルな視点でまちに住まうアーティストたち。

黄金町AIRアーティストキム・ガウン

黄金町AIRアーティストオーウェン・ラオ

アートの街。
黄金町がそう呼ばれるようになって、気付けば10年以上の時が流れた。

クリエイティブ分野で活動する人々が一定期間滞在し、創作活動や発表を行うプログラム「黄金町アーティスト・イン・レジデンス」には、これまで数多くのアーティストが参加し、「アートの街」の礎を築いてきた。

そんなアーティストたちから、この街はどのように見えているのだろうか。海を越え、きらびやかな横浜の奥にある「アートの街」へとやってきたキム・ガウンさん、オーウェン・ラオさん、2人のアーティストに話を聞いた。

海を越えてたどり着いた黄金町

ガウンさん:私は8年ほど前、1年間日本の語学学校に通っていて、韓国へ帰国後もよく日本へ遊びに来ていました。2017年には友人の誘いで横浜トリエンナーレに行ったのですが、黄金町バザールも連動していて、そのときに初めて黄金町の存在を知りました。その後アーティスト活動をはじめ、東京に住みながら通える作業場を探すようになって。私は仕事的な意味でアーティストが集まっているレジデンスよりも、穏やかな雰囲気で助け合いの気持ちがあるようなレジデンスに入りたいと思っていたので、黄金町のアーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)を選びました。

オーウェンさん:私はカナダ出身なのですが、NYの大学を卒業した後、次の滞在先となる国を探していました。その時日本人の友達から、おもしろいAIRがあると教えてもらったのが黄金町だったのです。この街のAIRは小さいけれど色々な繋がりが交差していて、私の大学のコミュニティに似ているなと思い、興味を持ちました。申し込みをしたときのインタビュアーが、当時黄金町エリアマネジメントセンター(以下、エリマネ)で働いていた内海潤也さんだったのですが、このエリアの歴史など色々な話をして、新しいことが生まれる可能性がある場所だと感じました。内海さんとの会話がすごくおもしろかったから、黄金町に行きたい!と強く思いましたね。

(内海潤也さんの対談記事はこちら

ガウンさん:場所の歴史を事前に知ったうえで選んだんだね。私はAIRに入る前は全然知らなかった。純粋な直観と、おもしろそうという気持ちから応募しました。最初は「この街の建物はどうしてこんなに変わっているんだろう」と不思議に思っていましたが、少し経ってから街の歴史を知って納得したんです。おもしろさも感じましたが、海外でも治安や過疎化などの理由からアーティストの動きを活発化させて街づくりを行うプロジェクトがあるので、、なるほどという気持ちが強かったですね。

オーウェンさん:私は最初、ショートステイのレジデンスだったのですが、3ヵ月では街を理解するには全然足りなかったんです。だから一度アメリカに帰った後、5ヵ月後に黄金町に戻ってきました。1年のレジデンスのつもりだったけど、コロナの影響で少し延長して、今に至ります。2度目の滞在で、街のことがもっと分かったと思っています。

ガウンさん:私とオーウェンは2人とも2019年の4月から黄金町のAIRに入って、スタジオも近かったから、自然と会う機会が多かったね。黄金町スタジオは建物の中にいくつかのアトリエがあって、その真ん中にキッチンがあるんですけど、コロナ禍の前は自由に使えたので、オーウェンがブランチを作ってくれたりしたよね。

オーウェンさん:そうそう覚えてる、懐かしいね。私は日本に来るのが初めてで日本語が全然話せなかったから、英語が話せるガウンちゃんに会えてすごく嬉しかった。黄金町で初めての友達でした。あの頃は色々な人がシェアキッチンに参加していて、すごく会話しやすかったよね。

ガウン:コロナの前は毎週火曜日にランチ会があったもんね。エリマネの事務局の人もアーティストも誰でも自由に、ただ自分のご飯を持ち込んで一緒に食べるっていうランチ会だったんですけど、シェアキッチンでみんなで料理をして、話して、飲んで、食べて、それがすごく楽しかった。そのときに繋がったアーティストとは、今でも交流がありますね。

黄金町で制作活動をするということ

ガウンさん:黄金町の良いところは、アイデアを寛容に受け入れてくれるところと、一般的な展示の形にこだわらなくていいところです。もともと住居やお店だった建物を展示場所にしたり、屋外でも高架下という独特の場所性を活かして本当に色々な形の展示ができる。アーティストとしてとても魅力的だと感じています。

オーウェンさん:色々な形の展示ができるというのは良い説明。すごくフレキシブルな性格の街だと思います。あと、時の流れがユニークな感じ。電車のリズムとか、川のずっと同じリズムとか。この街は命のスピードがちょっとゆっくりで、集中力が高まる気がします。私はルーティンでよくこの街を歩くけど、すごく色々なことを感じられる。私は思考を巡らせることのできる場所が好きだから、他のスタジオとか他の街にしたくなかったです。

ガウンさん:たしかに黄金町にいると時間の流れがなぜかすごく遅くなる気がして、ひたすら集中できる環境かもしれないね。街が落ち着いていて、人間として身近なものをより感じやすいというか。都市のペースに流されず、自分のペースでいられる街で、それはすごく良いと思っています。

ただ、このレジデンスを選んだ理由とも繋がっているんですが、私にとっては人と繋がることがすごく大切なんです。作品も人とのコミュニケーションをベースに物語を語るような絵を描いているので、静かな自分だけの時間が欲しいだけなら、特にこの街に来る必要はなかったと思うんです。

アーティスト同士やエリマネ事務局に来る人との繋がりから始まり、黄金町の近くにある劇場や映画館、色々なお店の人との繋がりができて、いまは道を歩いたら挨拶できるくらいになっています。作業をする日は合間の休憩時間や、少し外に出た時の人との関わりを大切にしているので、この街は昔ながらのそういうコミュニケーションができて良いと思っています。

オーウェンさん:地域との繋がりは作品づくりの刺激になっています。例えば、私のスタジオの窓からはかいだん広場が見えて、その風景にすごく影響を受けています。脳内で私のオブジェクトはいつもかいだん広場にいて、このスタジオで作ったものはそのアバターだと思っています。「本当のもの」はかいだん広場にあって、スタジオではそれをリプレゼンテーションしているだけなんです。そのくらい、かいだん広場にインスパイアされています。

オーウェンさんのスタジオから見るかいだん広場

ガウンさん:日本に来る前のオーウェンの作品をネットで観たことがあるけど、階段をテーマにしていたから、もともとかいだん自体に興味を持っているのかなと思ってたよ。

オーウェン:もともと階段は好きで、階段をモチーフにした作品もけっこうあります。かいだん広場はこのエリアの1番人気なパブリックスペースで、ランチを食べたりダンスをしたり子どもが遊んだり、1日の出来事が詰まっている場所。だからここは黄金町と日ノ出町の顔みたいな場所だと思います。この場所には、日本の1日の命のリズムがあると思う。

ガウンちゃんの作品は、景色だよね。場所の新しい景色、経験を作ってる。ディテールはどれも細かいけれど、作品のスケールとして大きいものも小さいものも作れる。それが良いよね。

日ノ出町駅~黄金町駅間の高架下にあるガウンさんのパブリックアート

ガウンさん:そこがこの街に感謝したいところでもあるんだよね。黄金町に来たばかりの頃は、自分が日本でどういう展示ができるか、どういうプロジェクトができるか、正直あまり検討がつかなくて、具体的なアイデアは何もなかったんです。当時はひたすら紙にペンで絵を描くような作業しかしていなかったけど、壁画を描いてみない?とか、オブジェにしてみない?というように、エリマネから街と関わるパブリックアートを制作するチャンスをいただきました。

街中にあることで、アートに興味がある人だけじゃなくて色々な人が作品を見てくれる。パブリックアートという形で街と関わるチャンスが得られたことは、私が絵のスケールで遊べるようになったきっかけだったので、とても感謝しています。

黄金町バザールで、街に花が咲く

黄金町バザール2019開催時の大岡川

オーウェンさん:私が参加したのは2回ともコロナ禍でのバザールだったから、それまでとは違うこともあると思うけれど、バザールの期間は、花が咲くみたいだなと思います。この近所はいつも静かでみんな自分のことをやっているけど、バザールの期間はみんなが同じタイミングでバーッと盛り上がる。街の雰囲気が真逆になる感じ。

ガウンさん:黄金町バザールには毎年数万人が訪れ、街に住んでいる人たちも積極的になってくれるような感覚があります。アートに触れてみようというやる気が出る時期じゃないですか。そういう見る側の人、アーティストの作品、街のイベントという3つの要素が1番盛り上がるのが黄金町バザールの時期だと思います。

毎年開催しているイベントとしての力で、地域と本当の意味で関わるチャンスを増やしてくれる場なのかな。ただ、それがバザール期間だけというのは残念なので、バザールじゃない時期も活発に交流できるのが1番理想だとは思います。

オーウェン:黄金町は、アメリカやカナダと比べてもすごくユニークな街だと思う。他の国だと、AIRの性質的にコミュニケーションは常に活発になっていると思うんですけど、黄金町はバザールじゃない期間、つまり1年中11ヵ月間はコミュニケーションがあまり活発ではない気がします。でもバザールの1ヵ月間は、突然街の雰囲気が変わって、他のAIRのような雰囲気が戻ってくる。逆にその1ヵ月間に、AIRとしての日常が戻ってきているように感じます。

黄金町バザールは、「このコミュニティがどうしてこういうことをしているのか」を理解し合う場。バザール期間中の街の変化をみることで、この街の次のミッションは何か、新しいアイデアや可能性が生まれていると思います。コロナがその流れを邪魔してしまったのは少し残念だけど、いまはすべてが変わってしまった状況なので、コロナ禍前の雰囲気を無理に連結させる必要はないのかなと思っています。性質が変わっただけで、可能性は続いているからね。

黄金町とアーティストのこれから

オーウェンさん:ミニレクチャーとか覚えてますか?

ガウンさん:覚えてます。アーティストコミュニティでミニレクチャーをちょっとずつやっていこうと話していたよね。この街のアーティストは、ランチ会とかがあるときは集まるけど、基本的には個々の作業に集中する雰囲気です。特にオーウェンがそういう現状を見て、このコミュニティの動きを活発にさせたいという気持ちで色々考えてくれていました。アート展示のコラボもその一環ですし、レクチャーの機会を作ってそれぞれの作品の発表会のようなことをやろうという話が出ていたよね。

オーウェンさん:自分のアイデアを働かせて、他の人も集めてできることをやっていくつもりだったけど、コロナもあって難しかった。

ガウンさん:でも、そういうこともやっていけたら良いよね。あと、私はパブリックアートをやらせてもらって、自分の作品の幅が広がったから、これからはもっともっと色々なことをやってみたいなとも思っています。

黄金町のAIRは、エリマネが管理している場所以外にも、この街にある劇場であったり、他の文化施設とも関わりがあるので、オーウェンもさらに変わったスペースで展示をすることによって、作品の見え方が変わってくるだろうなと思って、それもすごく楽しみにしています。

オーウェンさん:私が次にやりたいことは、かいだん広場の地下にちょっとしたスペースがあるから、そこで展示をしたいです。ただ、私は4月から大学院に入学するため1度黄金町を離れてしまうので、その前に頑張っていっぱい作品を作りたいと思っています。そしてまた、黄金町に戻ってきたいです。

ガウンさん:2021年の黄金町バザールのときは地域と関わりを考えたうえで何ができるんだろうと悩んで、絵を描いた紙コップを地域のお店に提供して会期中自由に使ってもらえるようにしました。これからも、入場して展示を見るという形だけではなく、新しいアイデアをどんどん考えて形にしていきたいと思っています。

私は日本は長くなると思うんですけど、今はイタリアでも展示をやりたいなと思って頑張っています。色々な場所で展示をしたい気持ちがすごく強いので、自分の主な作業場、中心地として、黄金町とは長い付き合いになれたらと思っています。

この街の好きなところ

ガウンさん:この街の好きなところ、どうしよう、いっぱいあるな。Tinys Yokohama Hinodechoはすごくユニークでおもしろい場所だと思っています。

あと、自分はまだやったことないんですが、SUPも良いですよね。日ノ出町から始まって、海に向かって川をくだり、横浜の中心地の観覧車まで行くようなコースがあって。スポーツができるとともに、街を一周するという素敵な体験ができるから、ぜひおすすめしたいなと思います。

オーウェンさん:Tinys Yokohama HinodechoもSUPも良いよね。川沿いにある階段もすごくおもしろい。

あと、ジャックアンドベティはすごく特別な場所だと思います。日本語の練習にもなるので私はよく1人で行きますね。最近はアートシネマが減ってきていますが、アートシネマはサポートしなければいけない大切な場所だと思います。

もう1つ強くおすすめしたいのが、黄金町にある「喫茶TAKEYA」です。昭和っぽいユニークな雰囲気の歴史あるお店で、マスターがすごく優しいし、可愛い猫ちゃんがいます。TAKEYAが出している猫ちゃんのカレンダーは毎年買ってるくらい(笑)。横浜っぽいお店だなと思うので、知り合いが横浜に来るとよくTAKEYAに連れていきます。

「深い孤独がなければ、優れた作品は生まれない。」
世界的な芸術家であるパブロ・ピカソは生前こんな言葉を遺したという。

独りで自分の作品と向き合う時間。
そして孤独を感じるための、誰かと共に過ごす時間。

独特なリズムを刻むこの街では、きっとこれからも、人々を惹きつける多くの作品が生まれていくだろう。

取材・文/橋本彩香

黄金町アーティスト・イン・レジデンスについてもっと知りたい方はこちら

黄金町AIRアーティストキム・ガウン

1987年韓国生まれ。イタリアと日本を活動拠点とする。韓国芸術総合学校建築学部を卒業後、画家、絵本作家、ジュエリーデザイナーなど多分野で活躍。2019年より黄金町AIR参加。「世界とのコミュニケーション」をテーマとした細密ペン画を制作。2017年に絵本『君は僕のプレゼント!』を出版。主な展示歴として、2018年「君は僕のプレゼント!」(渋谷ヒカリエ8、東京)、2019年「You are my Gift」(黄金町、横浜)、「Sei il mio Dono!」(Pinacoteca Provinciale di Salerno、イタリア)、2021年「ナミキアートプラス」(横浜金沢シーサイドタウン)にて並木のパブリックアートプロジェクト参加など。

https://gaeun-art.com/japanese/

黄金町AIRアーティストオーウェン・ラオ

1992年カナダ生まれ。クーパーユニオン芸術学部にて美術学士号取得。2019年より黄金町AIR参加。アート・アクティヴィスト・グループ「Bullshit.Systems」などに関わり、アクティヴィズムとアート、二つの実践について考察する。主な展示歴として、2018年「Show at 2010 College Boulevard」(2010 College Blvd、ニューヨーク)、「There and Back Again」(Copper Union、ニューヨーク)など。

http://owenhlaw.net/