ローカルキーマン

カフェ2022.03.18

日ノ出町

一杯のコーヒーで、何かが変わる。

コーヒータローさん

出会いは人生を変える。

よく耳にする言葉ではあるが、日々の暮らしのなかで実感する機会はそう多くないだろう。

しかしこの街には、一杯のエスプレッソで人生が変わったコーヒー屋さんがいる。店を持たず、若葉町、日ノ出町、黄金町を中心に、あらゆる場所でコーヒーを淹れるその人の名は、『コーヒータロー』。2012年に活動を始めて今年で10年、コーヒーを飲む「時間」と「空間」をつくり続けるコーヒータローさんにお話を伺った。

人生を変えた一杯のエスプレッソ

「僕は2012年頃すごく気分が落ちていて、何かを変えたいと思っていました。コーヒーは苦手だったのですが、ある雑誌でコーヒースタンドというものを知って、これだったらいけるかも、大人っぽい!と思って(笑)。

ドキドキするけどそれも挑戦だと思い、表参道にある『omotesando koffee』に行ったら、バリスタの國友栄一さんのエスプレッソにガツンとやられてしまったんです。その前に一度だけ別のエスプレッソを飲んだことがあるのですが、とにかく苦くて口に合わなかった。だけど國友さんのエスプレッソは違ったんです。苦いというより濃くて、すごく気持ちが良かった。お店を出た後の余韻も心地よくて、不思議な感覚でした。

それから毎日のようにomotesando koffeeに通いました。國友さんの勧めもあり、ハンドミルを買って自宅でコーヒーを淹れてみたら、後に妻となる当時の彼女がすごく喜んでくれたんです。それですっかり楽しくなって、持ち歩ける器具を揃えて川辺でコーヒーを淹れたりもしました。國友さんのエスプレッソとの出会いで『おもしろそうな場所に行くことで何かが生まれる』という体験ができたので、もっと行ったことのない場所にも足を運んでみようと思うようになりました。

そうして出向いた都内のイベントで、靴磨き職人の明石優さんに出会いました。彼女の靴を磨いてもらったのですが、驚くほど綺麗になってとても感動したんです。明石さんのワークショップに参加してコーヒーの話をしたら、『じゃあ一緒にやりましょう』と言われて。コーヒーのワークショップなんて自分にできるのかとドキドキしながら、『やってみます』と答えたのがコーヒータローの始まりです。」

コーヒーを持って行けば、あとは何もいらない

結婚を機に都内から横浜へ引っ越し、その1年後に職場も横浜になったことをきっかけに、横浜の街をウロウロするようになりました。若葉町ウォーフ(※1)のオープンスタジオやイベントに参加するうちに、代表の佐藤信さんからお話をいただき、舞台の上演前後にコーヒーを提供するなど何度かコラボレーションをさせてもらいました。現在は若葉町ウォーフの3階を『コーヒータローラボ』として使わせてもらい、デザイナーの仕事をしつつ、来ていただいた方にコーヒーを淹れています。

若葉町ウォーフは1階にスタジオがあるのですが、そこで制作を行う黄金町のアーティストさんとも話をするようになって、Tシャツやバレエシューズに絵を描いてもらいました。制作中に僕がコーヒーを出してサポートするという形だったのですが、コラボレーションと言わせてもらっています(笑)。

Tinys Yokohama Hinodecho(※2)でもワークショップをやらせてもらったり、黄金町のパンとコーヒーマルシェにも何度か出展させてもらっています。マルシェでは12時から17時くらいまでお客さんが途切れずブースを動けなくて、マルシェの力を感じました。面識のないお客さんが『ご飯食べてないですよね』とパンを差し入れてくれたのはすごく嬉しくて感動しましたね。

コーヒータローという存在は、色々なコミュニティに入っていきやすいんだと思います。コーヒーを持って行けば、あとは何もいらないんです。それだけで成立するし、喜んでもらえる。コーヒーというツールがあることで、普段は聞けないような話をしてもらえることもあります。コーヒータローをやっていると、おもしろくて魅力的な人たちに出会うことができるんです。」

(※1)若葉町ウォーフ:伊勢崎町商店街と大岡川の間に位置する、劇場、スタジオ、宿泊所が一体となった民間アートセンター。

代表で演出家の佐藤信さんの対談記事はこちら

(※2)Tinys Yokohama Hinodecho:日ノ出町駅と黄金町駅間の高架下にある、カフェラウンジ、宿泊施設、SUPが一体となった複合施設。

Tinys Yokohama Hinodechoの紹介記事はこちら

コーヒーの淹れ方、届け方を探る

「冷めた後に飲んでも美味しく、お店を出た後も余韻を感じることのできる豆を選んでいます。季節によって味の濃度を変えたり、現場の雰囲気や空気感に合わせて豆を選ぶこともありますね。最近はロースターさんに今のおすすめを送ってもらい、お出しする場所性も考えながら、コーヒーの美味しい淹れ方や、届け方を探っています。お店を持たず、しかも『コーヒータロー』という名前でやっている以上、半端なことはできないし、お店にも負けないぞという気持ちです。

ただ、自分の淹れるコーヒーが美味しいのかわからなくなるときもあるので、コロナ禍で回数は減っていますが、定期的に國友さんの『KOFFEE MAMEYA』に行くようにしています。ワールド・バリスタ・チャンピオンシップのチャンピオンがどういうコーヒーを出しているのか、いま世界ではどういう豆が作られていて、どういうコーヒーの味があるのかを知って、自分の中での『美味しいの基準』を見直しています。

淹れるときの所作も大事にしていますね。『美味しく淹れる』という姿勢をきちんと見せる。淹れる姿を見ている人はすごく多いし、それも含めて味だと思っているので、背筋を伸ばして丁寧に淹れることを意識しています。

『時を楽しむ』というコンセプトは、仕事場で豆を挽いてコーヒーを飲む時間が心地よかったことから生まれました。仕事に追われているなかで、5分10分の短い時間を作るだけで、リフレッシュできて効率も上がることに気付いたんです。なのでワークショップでは、豆を挽いてコーヒーの香りを楽しむわずかな時間で、心地よい気分になれることを伝えてきました。

目指すのは『旅するコーヒータロー』

「若葉町、日ノ出町、黄金町の辺りは、良い意味で濃い個性が散らばっていて、おもしろい街だと思います。Chair COFEE ROASTERS(※3)近くの旭橋に立つと、下流側にみなとみらいの景色、上流側には雰囲気の違う街の景色を見ることができておすすめです。僕は歩きながら大岡川を見てぼーっとするのが好きなので、いつかコーヒーを持ってふらっと川沿いを歩いて、出会った人とゲリラ的にコーヒーを飲むというのはやってみたいかも。

今後の展望としては、いつか自分の店舗や拠点を持ちたいと思っています。以前京都の町屋で3日間コーヒータローをやらせてもらい、町屋の方や宿泊しているお客さんにコーヒーを振る舞ったことがありました。宿泊客3人と僕とでコーヒーを飲みながら、2時間くらい京都の茶畑再生について議論した日もあって(笑)。こういうことが起きるんだ、とすごくおもしろかったんです。拠点を持ちつつ、色々なところに現れてまた帰ってくる、『旅するコーヒータロー』みたいなことができたらと思っています。」

(※3)Chair COFFEE ROASTERS:日ノ出町のコーヒー焙煎所。コーヒー豆の販売とカフェドリンクやフードを提供する。

Chair COFFEE ROASTERSの紹介記事はこちら

豆を挽き、丁寧にお湯を注ぎ、香りと共にコーヒーを味わう。「コーヒーを飲む」というのは、この一連の流れのことを言うのかもしれない。

忙しない毎日のなかに、ほんの数分コーヒーを飲む時間をつくることで、ほんの少しだけ何かが変わる。コーヒータローさんは、今日もこの街で、そんな小さな時間と小さな変化を届けている。

取材・文/橋本彩香

 

 

コーヒータローさん

omotesando koffeeでの1杯のエスプレッソでコーヒーの魅力にとりつかれ「時を味わう」をコンセプトにBLACK BEANS SOCIAL CLUBをつくり
コーヒーの活動を開始。

現在は「時を楽しむ」をコンセプトに、さまざまな場所コーヒータローとして活動。
2016年、京都宇治で日本茶の深い世界を知り、日本茶での活動も企画中。