ローカルキーマン

Art and Syrup2023.03.31

黄金町

アートと食をかけ合わせ、日常を豊かにする美味しいひと時を/Art and Syrup 加藤秀子さん、髙橋紀子さん

Art and Syrup/Art and Syrup plus加藤秀子さん、髙橋紀子さん

黄金町駅から大岡川を渡って約3分ほどのところにある「Art and Syrup」。素材にこだわった質の良いお菓子や飲み物を口にしながら、横浜をはじめとした各地で活動する作家たちの作品を味わうことができる、6畳ほどの小さな喫茶・軽食&アートスペースだ。隣接する「Art and Syrup Plus」はイベント・ワークショップスペースとして使用されており、アートと食にまつわる様々なイベントが開催されている。

Art and Syrup、そしてArt and Syrup Plusを運営するのは、加藤秀子さん、髙橋紀子さん姉妹。ご実家をリノベーションしてArt and Syrupを作ったお二人に、アートのこと、食のこと、そしてこのまちについて話を聞いた。

 

実家の時計材料店を、アートを味わえる喫茶スペースに

加藤さん:実家が2012年まで時計材料店を営んでおり、私も社員として働いていました。Art and Syrupは材料店の倉庫だった場所で、廃業後は自転車置き場のようになっていました。

「いつかカフェをやってみたいな」と考えるようになったのは、万国橋の近くでカフェをしていた友人が、「時計材料店を廃業するなら私も手伝うからカフェをやりなよ」と言ってくれたのがきっかけでした。2018年4月にArt and Syrupをオープンした時には友人はこの世を去ってしまったのですが、その友人がカフェの前に営んでいたアンティークショップで購入した食器を、今もArt and Syrupで使っています。

加藤さん:お店を開くにあたって、私も小物やアクセサリーなどを作っているし、妹は美術出版社を経て今はBankART1929(以下、BankART)に勤めていることもあり、ギャラリー兼カフェにしようというのは始めから決めていました。作家やアーティストの知り合いも多いので、彼らの作品をもっと色々な人に見て知ってもらいたいという思いから、2ヶ月ごとに企画展を開催し、作品の展示販売を行っています。

アトリエを借りて一生懸命作っている作品をただ見せるだけでは作家さんは食べていけないし、作品を作り続けることもできないので、良いと思った作品を購入できる形にこだわっています。少しでも作家さんたちの役に立ちながら、お客さんにはこういう面白いもの、新しいものがあるんだと知ってもらい、作品と人を繋ぐことができたら嬉しいです。

髙橋さん:ある作家のコレクターの方は、Art and Syrupで開催した展覧会をきっかけに、毎週のように黄金町を経由してArt and Syrupに来てくれるようになりました。もともと現代アートにはそれほど興味があったわけではないようなのですが、コロナ禍で遠出をしにくくなったこともあり、黄金町アートブックバザールやここでチラシをチェックして、BankARTをはじめ、地域のアートスポットを巡っているようです。

Art and Syrup Plusの内観。髙橋さんの蔵書や、所縁のあるアーティストの作品が並ぶ。

髙橋さん:お店を始める時に、「ギャラリー」や「カフェ」を全面に押し出す名前にはしたくないねと話していました。私は美術業界にいるのでアートが生活の大半を占めていますが、世の中にはアートが必要不可欠なものではない方もいますよね。シロップも、シロップだけでは成立しないけれど、食べ物に添えることでより食生活が豊かになる。日常に添えることで豊かになるのはアートにもシロップにも同じ作用があると思い、Art and Syrupという名前を付けました。私は本業の合間に手伝う形で、作家さんの紹介やホームページの管理、隣の建物にある「Art and Syrup Plus」の運営などを行っています。

Art and Syrup Plusでは、アートや食にまつわる展覧会や報告会、ワークショップなどを多数開催してきました。BankARTや黄金町のアーティストさんに参加していただいたものも多いです。大きな会場で多くの方に参加いただくイベントはBankARTで企画をしていますが、作家さんによっては小さい会場でやりたいというお声もあるので、少人数ならではのワークショップにはこの場所を利用しています。

 

「本当に美味しい」食材へのこだわり

エチオピアコーヒーと、静岡県産の無農薬ハウス栽培のレモンを使用したレモンケーキ。通常、コーヒーはポットで提供されている。

Art and Syrupのお菓子は、所縁のある方々から仕入れたこだわりの食材を使い、全て手作りで作られている。加藤さんご自身が食べることが好きだったことに加え、食材や調味料にこだわりのあるお母さまや旦那さんの影響もあり、素材にこだわったお菓子作りを行っているという。

加藤さん:母や夫の影響もあり、同じものを作るなら、国産の良い材料を使いたいと自然と考えるようになりました。小麦粉やバターは国産のもの、お砂糖はてんさい糖にし、店名にもあるシロップはフルーツから全て手作りしています。

コーヒーは自分がお客さんとして通っていた横須賀のロースタリー&カフェTsukikoyaさんの豆を、和紅茶は黄金町のパンとコーヒーマルシェで知り合った和紅茶専門店レインブラントティーさんのものを、マフィンに入れるあんこは子どもの頃から食べている伊勢佐木町の銚子屋さんのものを使っています。2月限定で売っていたトリュフは、2014年9月まで黄金町で人気のお茶の専門店を開いていた「きぃ房茶」さんが毎年バレンタインの時期に限定販売をしているものです。ほうじ茶と掛川茶ときな粉の3種類で、全部ちゃんとお茶の味がするトリュフで、とても美味しいです。

ギャラリーとカフェがセットになっていることで、アートにあまり興味がない方もお茶を飲みに来て、偶発的にアートに触れる機会が作られているという。過去にはTsukikoyaのバリスタであるモンダツヨシさんをゲストに『“コーヒーを美味しく飲むコツ” ワークショップ』を、日本茶インストラクターであるきぃぼうさんをゲストに『きぃ房茶の“お茶を美味しく楽しむ”ワークショップ』を開催しており、店内で味わえる”食”をより深堀りする体験も提供している。

 

アートと食、そして人の繋がり

磯崎道佳さんが作った柿酵母パン

「Art」&「Syrup」という名前の通り、アートと食をかけ合わせた取り組みが実践されているのもArt and Syrupの魅力だ。スイーツやドリンクのメニュー、あるいは開催されているイベントを紐解くと、そこにはアートと食の繋がりが見えてくる。

加藤さん:Art and Syrupで提供しているブレンドティは、かつて鎌倉で人気のチャイ専門店を開いており、現在は長野の古民家を再生してカフェを開いているmimiLotusさんというお店の商品です。店主さんが1年間ネパールを旅しながらチャイを振る舞った記録をSNSで発信していたのですが、それがとても素敵だったので、Art and Syrup発行で旅の記録を自主出版させていただきました。そのご縁で、信州産そばの実やネパールなどのスパイスと紅茶をブレンドした、「信州ブレンド」を提供するようになりました。こちらは店内でもいただけますし、ご自宅でも楽しめるよう茶葉を販売しています。

髙橋さん:6月には、北海道在住でBankARTの展覧会にもよく出展しているアーティスト・磯崎道佳さんの個展を開催予定です。磯崎さんはBankARTの交流事業で台北に3ヵ月間滞在したことがあるのですが、自分の身体に合うシンプルなパンを台湾で食べられなかったそうなんです。それを機に、以前から行なっていた酵母から育てるパンづくりを本格的に始められました。アーティスト的な視点でものづくりを捉え、料理を作ることとものを作ることに共通性を見出し、パンを作るプロセスをアートとして見せていくことにチャレンジしていらっしゃいます。

加藤さん:Art and Syrupのメニューには、磯崎さんが北海道の自然が豊かなまちで暮らしながら、果物から天然酵母を起こして作ったパンを使っています。「果物を送ると、そこから酵母を起こして作ったパンが返って来る」というプロジェクト自体を作品にしていて、果物によって全く違う味わいの、だけどいつも美味しいパンを送っていただいています。

 

Art and Syrupのこれから

ロゴマークの絵は、姪っ子さんが5歳の時に描いた「なかよしリンゴ」の絵をトレースしたもの。文字は髙橋さんの大学時代の友人がデザインしたものだそう。

加藤さん:以前、黄金町でスタジオ制作をしていた「着物服」を制作するアーティスト、「un:ten」の 伊東純子さんによる『KIMONOFUKU販売&受注会』を、Art and Syrup Plusで約2週間開催しました。そのイベントがとても好評だったので、Art and Syrup Plusに期間限定で作家さんに常駐していただくイベントを、今後も開催していけたら良いなと思っています。

黄金町のパンとコーヒーマルシェを主催している臼井彩子さんとも、コラボしてやりたいねと話している企画がたくさんあります。コロナ禍でワークショップの開催が減ってしまったので、デッサン教室、ワークショップ、バザーやミニマーケットなど、温めている企画を実現させて、軌道に乗せたいです。

髙橋さん:BankARTでは食と現代美術をテーマにした展覧会を開催していますが、ここでも小さなスペースならではの食の視点を加えたアートイベントをスピンオフ的に開催できたらと思っています。また、個人的には前職から本に携わる仕事をしているので、本にかかわるワークショップなどにも力を入れることができたらと思っています。

 

生まれ育ったまちの変化

野毛山公園展望台

最後に、生まれ育ったこのまちについてお二人が感じていること、そしてまちのおすすめスポットを教えていただきました。

加藤さん:生まれ育ったまちなので、この辺りの変化を見てきましたが、大岡川沿いの道は、昔は1人では歩くことができませんでした。そうは言っても、放課後に学級新聞を作りに、高架下やその周辺に住んでいる友達のお家へ遊びに行った記憶もあり、子どもに対しては寛容にお付き合いをしていたように思います。

髙橋さん:姉と私は東小学校出身なのですが、私が在学していたのがちょうど校舎の建て替えの時期だったので、仮設の校舎が野毛山公園の中に作られていたんです。なので野毛山公園は思い出の場所でもあり、展望台から見える夕日が本当に綺麗で、とても好きな場所です。

加藤さん:野毛坂を登ったマンションの1階にあるMaison de Haraさんというフレンチレストランが、すごく美味しくておすすめです。シェフがお一人で調理をしているのですが、鎌倉から仕入れているお野菜も、手作りのパンも本当に美味しいです。コロナ前は大岡川沿いのTinys Yokohama HinodechoさんやChair COFFEE ROASTERさんにもよくランチを食べに行っていました。お声がけいただき、5月には黄金町のパンとコーヒーマルシェに出店する予定です。

 

アーティストや仕入れ先の飲食店など、Art and Syrupに関わる素敵な方々のことをたくさん紹介してくれたお二人。6畳の小さな喫茶・アートスペースで、絶えず魅力的な企画を実現し続けることができるのは、関わる人々にリスペクトを持って接するお二人の人柄があってのことだろう。あなたもぜひ、Art and Syrupという朗らかな入口をくぐり、その先にある奥深いアートと食の世界を味わってほしい。

 

文/橋本彩香

 

 

Art and Syrup/Art and Syrup plus加藤秀子さん、髙橋紀子さん