ローカルキーマン

2023.03.31

初黄町

問屋街として栄えたまちの老舗専門店を巡る /パンとコーヒーマルシェ主宰・初黄日商店会事務局 臼井彩子さん

未来ヨコハマカルチャー会議では、新たな取り組みとして、地域をよく知る人物に日ノ出町・黄金町エリアの魅力的な場所を紹介してもらう「TOUR」連載を開始することになりました。第1回目は、学生時代より日ノ出町・黄金町エリアとの関わりが深く、パンとコーヒーマルシェ主宰・初黄日商店会事務局を務める臼井彩子さんに、街のおすすめスポットを紹介していただきます。

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臼井さんがはつこひエリア(初音町・日ノ出町・黄金町エリアの総称)に関わり始めたのは、黄金町バザールが始まった2008年。当時所属していた横浜市立大学大学院の鈴木ゼミが黄金町に拠点を置き、街づくりに取り組み始めたことがきっかけだった。在学中は積極的にイベント企画などを行い、商店会のお店をはじめ地域の方々と繋がりができていったそうだ。

卒業から数年後には、黄金町で食とデザインをテーマにしたカフェ・ケータリング店をオープンし、まちとの関わりが再開。2014年3月に第1回目が開催された初黄日商店会主催のワンデイマルシェ「はつこひ市場」の立ち上げにも携わり、自身の店を終了した後も、はつこひ市場の運営をはじめ、地域と関わりを持ち続けている。2021年からは初黄日商店会の事務局も担っている。

水曜日のパンとコーヒーマルシェ

商店会の事務局としてだけではなく、個人としても街と関わる活動をしている。黄金スタジオを会場に行う「水曜日のパンとコーヒーマルシェ」だ。黄金スタジオがレンタルキッチンをスタートした2021年10月より、毎週水曜日に品揃え豊かなマルシェを企画・運営。パン、お菓子、コーヒー、お茶の販売や、カフェ形式でその場でコーヒーを飲めるなど、毎回異なる企画が用意されており、毎週訪れても飽きることなく楽しめるマルシェとなっている。

臼井さん「コロナ禍で、はつこひ市場や黄金町パンとコーヒーマルシェなどの大きいイベントを以前と同じように開催するのが難しくなりました。数か月に1度の大きなイベントももちろん重要ですが、より日常的に人が来る機会を作ることが今のはつこひエリアに必要だと感じるようになり、自分で小さくできることを考えスタートしたのが、『水曜日のパンとコーヒーマルシェ』です。毎週テーマに沿って出店者さんを集めているので、週によってかなり雰囲気が違うのも特徴です。」

毎月第3水曜日はお茶をテーマにしており、日本茶、紅茶、和紅茶、中国茶など、国も製法も異なるお茶が一同に会する。開催するうちに、臼井さん自身がお茶の奥深さにハマっているそうだ。

おすすめスポット➀永野鰹節店

臼井さん「初黄日エリアの食を語るうえで、まず紹介しなければ!と思ったお店が、永野鰹節店です。エリアには永野鰹節店の素材から出汁をとっている飲食店も多く、出汁の専門店があるというのは、この地域の食を語るうえで重要な要素だと感じています。」

そう紹介していただいたのは、日ノ出町駅から歩いてわずか2分のところにある永野鰹節店。店主の一ノ瀬成和さんは初黄日商店会の代表も務めており、はつこひ市場など地域のイベントにも積極的に関わっているお店だ。

永野鰹節店の始まりは、戦後間もない頃に成和さんのお父様が営んでいた乾物屋だ。開業から70年以上、この街でお店を営んできた一ノ瀬さんは、街で専門店を営むことについてこう語る。

一ノ瀬さん「この街は戦後に問屋街として栄えてきた歴史があります。永野鰹節店も父が始めた店を引き継いだ形になりますが、我々の親世代は大変な時代のなかでも気概を持って商売をしていて、街が活力で満ちていたように記憶しています。街を何とかしようと気概を持って生きてきた親父たちの世代から、臼井さんのような新しいことをしてくれる次の世代に繋がってきているなと感じます。」


永野鰹節店に足を踏み入れると、そのラインナップの豊富さに驚くはずだ。鰹節に限らず、鯖節、昆布や煮干しの出汁から、安い単価のお店に合わせて「ざつぶし」など、卸先の飲食店のニーズに合わせて、豊富な品揃えが用意されている。飲食店関係者以外にも、古くからお店を利用している年配のご婦人から、ネットで情報を見た若い方まで、料理好きの個人客が地域の外から足を運ぶことも少なくないという。

一ノ瀬さん「簡便なものばかりを求める時代で、もちろんそういったニーズに対応した商品もありますが、それだけではない、手間暇かけて鰹を削ってみる良さというのもあると思います。慣れないうちは自分で上手く削るのは難しいけれど、趣向としてやってみるのも一興ではないでしょうか。」


かつウォッチャ。赤いパッケージはカツオと梅塩を半分ずつ使った梅味、青いはパッケージはカツオのみで作ったパックとなっている。

臼井さん「このお店があったから、『ちゃんと出汁をとろう』と思うようになりました。やはりスーパーで買うものとは味が全く違います。私がいつも買う羅臼昆布は、味も香りも本当に素晴らしくておすすめです。そしてもう1つおすすめしたいのが、『かつウォッチャ』。黄金町のアーティストさんがパッケージのイラストを描いた商品で、お茶として飲むことのできる出汁パックです。出汁を取ることに馴染みがない人や、顆粒出汁しか使ったことがないという人は、こういった商品から入ってもらうのが良いのではないでしょうか。家で本気で出汁を取りたい人は永野鰹節店に来れば口に合う味をきっと見つけられると思います。」

おすすめスポット➁ツチヤ商会

続いて案内していただいたのは、戦後に創業して今年で75年目を迎える老舗調理道具屋・ツチヤ商会。日ノ出町駅からは徒歩7分、黄金町駅からは3分ほどで到着する。ツチヤ商会の魅力は、なんと言ってもその豊富な品揃え。飲食店を開業する際に必要なものは全て揃うと言っても過言ではないほどたくさんの商品が棚に並ぶ。その数はなんと2万点にも及ぶそうだ。

創業時は金物屋としてスタートしたというツチヤ商会。2代目の店主さんが料理好きだったことで、徐々にお店で取り扱う商品が料理道具中心に変化していったという経緯があるんだとか。2代目の店主さんが、都内の有名なお蕎麦屋さんに習うほどお蕎麦が好きだったことで、蕎麦打ちの道具の品揃えには特に力を入れている。

3代目店主さん「東京にはかっぱ橋がありますが、横浜では街中に道具屋があるのはかなり珍しいと思います。和食、洋食、中華、居酒屋、幅広いジャンルの飲食店の方々がお店に足を運んでくださって、新規開店時に必要になるものをうちで一式オーダーいただくことも多いです。お客様のご要望に合わせて品揃えをしています。」
お客さんの多様なニーズに対応するツチヤ商会には、レードル1つとっても、これだけの種類が陳列する。店主さん曰く、「飲食店さんにとってレードルはとても重要で、1ccにこだわる方もいらっしゃるので、細かくたくさんの種類を揃えています」とのこと。さらに、検温器やアルコール、アクリル板など、昨今の飲食店には欠かせないものとなったコロナ対策グッズまでしっかりと取り揃えている。

プロ向けの質が高く値の張る商品から、気軽に購入できる価格のものまで、一つの商品でも様々な種類が揃っているので、自分のレベルに合わせた商品を選べるのが嬉しいところ。飲食店の方々が主要な客層ではあるものの、料理好きの方が本やネットでお店を知り、足を運んでくれることもあるんだとか。

店主さん「一般のお客さんがあまり見たことないようなものもたくさんあるので、1時間ぐらいお店の中をグルグル見ていく方もいらっしゃいます。永野鰹節店さんで鰹節を買った方が、削り器を買いに来ることもありますね。中華鍋は、日本で唯一打ち出し製法で鉄鍋を作っている山田工業所のものを揃えています。60年近くの付き合いになりますが、山田工業所の中華鍋を扱う道具屋は少ないので、飲食店の方はもちろん、お料理が大好きだというご婦人がうちを調べて買いに来てくださったこともありました。」

臼井さん「学生時代、地域のお店の商品を集めたセレクトショップ形式のイベントを開催し、ツチヤ商会さんで買ったせいろやおしゃれなフォークなどをおしゃれに陳列して販売したことがありました。お店にあると”プロ向け”な雰囲気がありますが、一般の方もつい買いたくなってしまう商品が本当に多いと思います。お店で使われているようなカレーポットやせいろなどをあげると、とても喜んでもらえるので、プレゼントを買いに来るのもおすすめです。」

おすすめスポット➂和泉屋

最後にご紹介いただいたのは、黄金町駅前の道路を渡ってすぐのところにある市民酒場「和泉屋」。戦後からこの場所で飲食店を営んでおり、創業から90年を数える。休憩時間を挟んで昼と夜の営業を行っているが、特にお手頃な価格で新鮮なお魚を味わうことができるランチ時は、従業員の活気ある接客も相まって、連日大きな賑わいを見せている。

臼井さん「和泉屋さんは、市場から仕入れた新鮮なお魚を食べられるお店です。昨年のはつこひ市場では、和泉屋さんの繋がりで、市場からマグロ屋さんに来ていただき生のサクを販売してもらいました。和泉屋さんの繋がりがあるからこそ実現した、とても貴重な機会でした。」
3代目の店主・秋津清剛さんは、和泉屋のこだわりについて話してくれた。

秋津さん「あまり市場に馴染みのない方、若い方にも新鮮な魚の美味しさを知ってもらえるよう、できる限り手頃な価格でランチ営業も行っています。ありがたいことにランチがフル回転するので、夜も止め物ではなくその日に仕入れた新鮮なお魚をお届けできるという良い連鎖が作れています。」

秋津さんの代になり約25年。低価格で美味しいお魚を提供することができるのは、市場のお店と毎日のコミュニケーションを積み重ねた結果だという。一口に市場と言ってもお店ごとに得意な分野があるため、魚によって仕入れるお店を分けている。そして新鮮なお魚と共に和泉屋の人気に一役買っているのが、富山のファームファームという、不登校児童が集う施設が作る無農薬米だ。ファームファームで作られる絶品のお米を、玄米として提供している。
メニューの多さも、和泉屋の魅力。鉄板料理店で働いていた秋津さんの経験から、洋食メニューも充実しているというから驚きだ。

秋津さん「洋食のメニューも揃えているのでお子様にも喜んでいただけて、ご家族で贅沢なファミレスのように使っていただくことも多いです。冬は鍋メニューを用意していて、昔からふぐ鍋を取り扱っています。通常メニューにはありませんが、予約をしていただければ、その日に市場に行って具材を揃え、あんこう鍋の提供も承っています。どぜうの丸煮と柳川鍋というどじょう料理も昔からやっていますね。とにかくメニューが多いので、どれが売りかと聞かれると正直分からないです(笑)。だから全て本気で作る、それに尽きますね。」


臼井さん「最近はお魚の値段があがっているので、このお手頃価格でこんなに美味しいお魚を食べられるのは本当にすごいと思います。どぜうやフグをこんなにお手軽な価格で食べられることは滅多にないですよね。季節でもメニューが変わるので、何度足を運んでも飽きないです。まずは気軽にランチに来て、この美味しいマグロをぜひ味わってほしいです。」

わざわざ見に行きたくなる専門的なお店が集まるまちへ
最後に、この街に来たことがない方に向けたメッセージと、臼井さんが考えるこの街の未来について聞いた。

臼井さん「問屋街だった街の歩みを踏まえて、”専門店”をキーワードに、センスの良いものやお店がもっと集まって、ここにしかないお店がある街、わざわざ来たくなるような街になったら良いなと思います。

この街で過ごしていると、鰹節を買ったり、良い調理道具を買ったり、美味しいお魚を食べたりして、日々の食生活が豊かになっていきました。昔ながらの専門店に入るのは少しドキドキするかもしれないけれど、個人で立ち寄っても暖かく迎えてくれるお店ばかりです。イベントやマルシェは休日の開催が多いですが、専門店は土日が休みのお店も多いので、ぜひ平日にも街を歩いてお店を探索してもらえると嬉しいです。商店会が発行しているマップ付きの冊子「はつこひさんぽ」は商店会のいろいろなお店に置いていただいているので、迷ったらぜひこれを見て、面白い専門店に足を運んでみてください。」

3月26日(日)には、桜の季節に合わせてはつこひ市場を開催予定。この機会にぜひ足を運び、歴史を感じながら、面白い専門店を巡ってまちを歩いてみてほしい。

取材・文/橋本彩香

はつこひさんぽはこちら!

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