ローカルキーマン

2023.03.31

黄金町

レジデンスアーティストと歩く、横浜のアートを感じる1日 /黄金町レジデンスアーティスト かずささん

黄金町レジデンスアーティストかずさ

地域をよく知る人物に日ノ出町・黄金町エリアの魅力的な場所を紹介してもらう「TOUR」連載。第2回目となる今回は、2019年より黄金町アーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)に参加しているかずささんに、街のおすすめスポットを紹介していただきました。

黄金町にあるかずささんのスタジオ

主にインスタレーション、パフォーマンス、テキストを制作するアーティストであるかずささん。2007年より、米の持つ性質、一粒から千粒以上もの米が実るその数の力に圧倒され、「米」をモチーフとした制作活動を開始。2010年からはライフワークのひとつとして碗琴道のパフォーマンスを行っている。兵庫県出身のかずささんが初めて黄金町を訪れたのは、2019年5月。「今まで自分が活動してきた場所よりも東側」でレジデンスを探した結果、たどり着いたのがこの街だった。

かずささん「私は横浜に縁も所縁もなかったので、まずは展示をしようと思い、2019年6月に自分のスタジオで作品の展示を行いました。土地のリサーチをしたら面白い発見がたくさんあったので、やりたいことがどんどん見つかり、自分のスタジオで6連発で展示をしました。吉田新田や横浜大空襲など、横浜の歴史から着想を得た作品も多いです。頑張って活動していると、AIRのアーティストの方が見に来てくれたり、エリアマネジメントセンターの方が企画に声をかけてくれるようになりました。」

2020年からは、美術書を中心とした古書店である黄金町アートブックバザール(https://koganecho.net/spot/koganecho-artbook-bazaar)でアルバイトをはじめたことで、まちのアーティストや地域のプレイヤーと、自然と繋がりができていったそうだ。

日ノ出町お祭り広場&日ノ出湧水

FOOD ART STATION2022で碗琴道を披露するかずささん。碗琴道とは、何もないところに食器を運び、並べ、音を鳴らして、またしまい、立ち去るまでの一連の流れを作法に則って行うパフォーマンスで、2010年に始めて以来、かずささんのライフワークのひとつとなっている。

2022年のFOOD ART STAION で、かずささんが碗琴道を披露した「日ノ出町お祭り広場」からツアーがスタート。「異なる分野のアーティストや、普段出会う機会のない飲食店の方と接点を持つことができてとても嬉しかったです。皆さんとはその後も交流が続いています」と、FOOD ART STAIONの思い出を話してくれた。

おすすめスポットを目指して大岡川沿いを歩いていると、黄金橋の近くに、かずささんに所縁のある日ノ出湧水が。日ノ出湧水は、野毛山が水源と考えられている湧水で、古くから生活用水として利用されてきたもの。かずささんはAIRに入居した次の日、まちを歩いていたら偶然見つけた日ノ出湧水に直観的に惹かれ、日ノ出湧水の水を使って、「日の出湧介くん」と名づけたお米を育てていたそうだ。

おすすめスポット➀YPAMフリンジセンター

末吉橋近くにあるYPAMフリンジセンターが最初のおすすめスポット。YAPAM(ワイパム、横浜国際舞台芸術ミーティング)とは、舞台芸術に取り組む国内外のプロフェッショナルが、公演プログラムやミーティングを通じて交流し、舞台芸術の創造・普及・活性化のための情報・インスピレーション・ネットワークを得ることのできる舞台芸術プラットフォームだ。アジアで最も影響力のある舞台芸術プラットフォームのひとつとして国際的にも広く認知されている。

YPAMには、YPAMディレクション、YPAMエクスチェンジ、外部企画と連携するYPAM連携プログラム、そしてYPAMフリンジの4つの部門が設けられている。そんなYPAMの事務所が、2022年8月、馬車道の「BankART KAIKO」から初音町の高架下傍に移転。国際舞台芸術交流センターの理事長であり、横浜国際舞台芸術ミーティングのディレクターである丸岡ひろみさんは、「YPAMフリンジの会場として使用する施設が集まっている桜木町から元町までのエリアを歩いていると、黄金町がちょうど中心的な位置だったので、この辺りに事務所を構えられないかと思い場所を探しました」と、移転先にこの場所を選んだ理由を教えてくれた。

カフェメニューはアルコールを含むドリンク類が中心であるが、1つだけ常設で提供されているフードメニューが「かまど炊き自然農法玄米+日替わり味噌汁」だ。「金銭的に余裕がないアーティストたちが生き延びるための食事を出したい」という思いで、400円という安さで栄養価のある玄米と味噌汁が提供されている。YPAMの職員でありながら、横浜を拠点とする演劇カンパニー「オフィスマウンテン」で役者としても活躍している岡田勇人さんにもお話を伺った。

岡田さん「YPAMフリンジは基本的には誰でも登録できるフェスティバルで、自由な表現ができるプラットフォームとして運営をしています。フリンジに参加する人たちが集う場所を作りたいという思いもあり、2022年10月からは事務所下のスペースを利用してバー兼カフェの営業をスタートしました。

僕自身は大学院在学中にオフィスマンテンの作品を見て、『こんなに面白いことがあるんだ』と感銘を受け、ワークショップに参加したことをきっかけに、現在もカンパニーに関わっています。過去には『シネマ・ジャック&ベティ』でアルバイトをしていた時期もあり、横浜や黄金町周辺のエリアには何かとご縁があります。」

YPAMフリンジセンターのバーカウンターにて談笑するかずささん(左)と岡田勇人さん(右)。

かずささん「この後ご紹介するジャック&ベティの宮崎さんが、黄金町アートブックバザールに上映作品のチラシを持ってきてくれた時に、この場所を教えてくれました。カウンターに立つ岡田さんと話すうちに、何度か舞台で観たことがある方だったことが判明したんです。ここはとっても気軽に来ることができて、いつ来ても皆さん優しく、お話も楽しいです。私は舞台芸術が大好きで、12月のフリンジ期間中はたくさん舞台を見に行くので、いろいろ教えていただき、情報収集させてもらっていました。舞台版の観光案内所のような場所だと思います。」

岡田さん「YAPMは演劇だけではなく、ダンスなど舞台芸術全般を対象としています。昨今は『舞台芸術』の概念が拡張していますが、『人がパフォームする』ということに少しでも関心があれば、ぜひフリンジセンターに立ち寄って、ここに集まるいろいろな情報に触れてほしいです。敷居が高いと思われがちな舞台芸術の入口のような場所になれたらと思っています。」

公演が集中する時期には、様々な舞台芸術公演のフライヤーが壁一面に所狭しと貼られることもあるYPAMフリンジセンター。舞台芸術関係者に限らず、黄金町のスタジオに展示を観に来た人や、AIRのアーティストがふらりと立ち寄ることもあるという。舞台芸術に興味はあるけれどどこに足を運べば良いか分からないという方は、最初の一歩として、ぜひフリンジセンターの扉を開けてみてほしい。

おすすめスポット➁シネマ・ジャック&ベティ

続いてご紹介いただいたのは、YPAMフリンジセンターから末吉橋を渡って徒歩2分、横浜を代表するミニシアター「シネマ・ジャック&ベティ(以下、ジャック&ベティ)」だ。お住まいが近く、会員でもあるかずささんは「パジャマでレイトショーを観に来て、観終わったら帰ってすぐに寝れるのが最高」と、この街に住む方に改めておすすめしたい場所としてジャック&ベティを紹介してくれた。

この場所に前身となる「名画座」がオープンしたのは、1952年のクリスマス。その後1991年に建て替えを経て、現在のジャック&ベティとなった。名画座時代から数えると70年以上の歴史を誇る老舗映画館だ。ジャックとベティの2つのスクリーンでは、「シネコンで上映される機会が少ない、良質な映画」がジャンルを問わず上映されている。

ジャックのスクリーン

ベティのスクリーン

かずささんのお知り合いであるジャック&ベティスタッフの宮崎輝さんは、YPAMフリンジセンター・岡田さんと同じくオフィスマウンテンの役者でもあり、黄金町の歴史をテーマにした映画を制作するなど、多方面で活躍している。

宮崎さん「ジャック&ベティという名前をつけた当初は、『ジャック』ではチャンバラ映画、『ベティ』ではラブロマンス系の映画を上演し、デートで映画を観に来ても、それぞれ好きな映画を観れるように作品が組まれていた時代もあったと聞いています。

今は映画鑑賞といえば配信が主流ですし、シネコンに行くにしてもあらかじめ観たい作品を決めて行くことが多いと思いますが、ジャック&ベティでは『ジャケ買い』のような感覚を楽しんでほしいです。毎週来ても違う映画を観ることができるので、ポスターを見て気になったスクリーンに入り、帰りに街のカフェで作品に思いを馳せる時間は、きっと素敵な体験になると思います。」

かずささん「映画館に向かっていくワクワク感がある、入口のエスカレーターがすごく好きです。私は去年、なんとなくあまり家にいたくない時期があって、そういうときによくジャック&ベティに来ていました。誰かに会いたいわけではないけれど、人がいるという空間で映画を観るのは、私にとってすごく大切な時間です。『ほんわかした映画かな』とジャケ買いをして、うっかりホラー映画を観てしまったこともありますが…(笑)。」

かずささんと宮崎さん(右)

かずささんと宮崎さんが知り合ったのは、ジャック&ベティからほど近い、泊まれる劇場「若葉町ウォーフ」にて、週に1度地域のプレイヤーが集って情報交換を行う「井戸端会議」に居合わせた時だった。エリア内に文化施設が多く、ジャンルが異なるアーティストやプレイヤーが繋がる機会が多いのも、この街の特徴だ。宮崎さんが制作した黄金町の映画についても話を聞いた。

宮崎さん「黄金町はかつて違法飲食店が立ち並んでいた青線地帯として知られていますが、僕が横浜に来たのは2013年なので、その頃の風景は見たことがないんです。当時そこにいた人たちがこの街でどのように生き、そしてどこに行ったのかを想像したくて、映画を作りました。ジャック&ベティの映写室や劇場の中も撮影場所として使用しました。」

宮崎さんの作品「見続ける涯に火が!」は2021年に野毛山・大岡川周辺エリアから伊勢佐木町までの一帯で開催された「横浜 あの街を歩く―「草枕」のように、手書きの地図で」の一環として、黄金町で活動する映像作家の吉本直紀さんの作品と共にジャック&ベティで上映され、トークショーも行われた。

横浜 あの街を歩く―「草枕」のように、手書きの地図で
https://yokohama-anomachi.com/archives/program/94

無数の選択肢の中からアルゴリズム的におすすめされた映画ではなく、街を歩き、ふと目に入ったポスターに惹かれて映画を観る。ネット配信が主流となった現代においては、そんな「映画のジャケ買い」こそ、贅沢で特別な体験なのかもしれない。映画館に足を運ぶ機会が少ない方にこそ、ぜひ横浜を代表するこのミニシアターで、贅沢な映画体験を味わってほしい。

黄金町は、”自由”を許容する街

最後に、かずささんがこの街に感じていること、そしてまだ街を訪れたことがない方へ向けたメッセージをもらった。

かずささん黄金町はパフォーマンス中に道行く人が話しかけてくるなど、他の街では起きない不思議なことが起こるので、とてもおもしろいです。思い思いの恰好で自由に過ごしている人がいても、誰もそれを咎めない。日常的に自由な人がいるからか、アーティストがパフォーマンスをしても、スッと溶け込むことができるんです。許容する感覚、受け入れる感覚が根付いている街で、私自身、黄金町じゃなかったら心が折れていたかもなと思うこともたくさんあります。

良い意味で、人がしていることに対して干渉しない街だと思うので、何かチャレンジするにはやりやすい場所かもしれないですね。少なくともはじき出されることはない。とりあえず川に沿って歩けば何かおもしろいことに出会えるので、まずはこの街に来たらええやん、と思います。」

はつこひエリアとその周辺には、さまざまなジャンルで制作活動を行う人々、そしてそれを披露する場やアーティストをサポートする施設がひしめき合う。ぜひこの街に足を運び、街に流れる独特のリズム、そして”新しい何か”が創造される気配を感じてほしい。

▼YPAM
https://ypam.jp/

▼シネマ・ジャック&ベティ
https://www.jackandbetty.net/

▼今回お話を聞かせていただいた岡田さん、宮崎さんが出演するオフィスマウンテンの舞台『ホールドミーおよしお』(作:山縣太一/演出:オフィスマウンテン)が、2023.6.28(木)〜7.9(日)にこまばアゴラ劇場で上演予定。公演の最新情報はオフィスマウンテンの公式Twitterをご確認ください。

https://twitter.com/office_mountain?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor

 

黄金町レジデンスアーティストかずさ