スペシャル対談

スポーツ2020.10.26

関内

つまりは愛。横浜らしさを追求したベイスターズは暮らしの一部となった

株式会社横浜DeNAベイスターズ ブランド統括本部 広報部 部長河村康博さん

NOSIGNER代表太刀川英輔さん

「横浜といえば?」という問いへの答えは様々だが、この10年弱で最も増加した回答は「ベイスターズ」ではないだろうか。奇跡のような動員数回復の背景には、いくつものドラマがあり、手間暇と時間をかけて人気球団へと変化した。ITを強みにもつ親会社のDeNAが球界に参入してから、横浜DeNAベイスターズは参入当時の荒波にめげることなくファンに向き合い、今でも丁寧なコミュニケーションを続けている。

ベイスターズの広報を担当する河村康博(かわむら やすひろ)さんと、横浜にデザイン事務所「NOSIGNER(ノザイナー)」を構え、数々のプロジェクトでベイスターズに並走する太刀川英輔(たちかわ えいすけ)さんに、横浜におけるベイスターズの在り方を聞いた。

港町のかっこよさを追って

太刀川さん:最初にベイスターズさんとご一緒したのは、運営がDeNAさんになった後、2014年くらい。ちょうど僕らもハマスタのすぐそばに事務所を移したころだったんです。それ以来一緒にいろいろさせていただきましたよね。ベイスターズから市に寄付する形でつくったオリジナルマンホールのデザインとか、日常生活で使用する商品を展開するショップ「+B(プラス・ビー)」とか、コーヒーショップ「BALLPARK COFFEE」とか、二軍の練習場と寮の入ったDOCK of Baystars Yokosuka、ベイスターズの公認書体の一つ「Baystar Sans」、あとこの施設「THE BAYS」もご一緒させてもらったりしました。けっこう色々関わらせてもらってますね。

河村さん:2014年はまだ、球場を中心とした横浜スポーツタウン構想も始まる前でしたね。 ベイスターズとしてもいろんな施策を試して、反応をしっかり分析し、また違うことを試して、とチャレンジを続けている時でした。市民1万人規模でアンケートを取り、「横浜らしいベイスターズ」を模索していたときです。それは僕らだけではできないことでもあるとわかっていましたし、太刀川さんをはじめとする横浜愛の深いパートナーさんたちにご協力いただくと、市民の皆さんや市役所の方々にコンセプトがすぐに通じることも実感していました。

太刀川さん:ベイスターズのみなさんにお伝えしていたのは、このプロジェクトは球団のブランディングではなくて横浜のブランディングだと言うことでした。サンフランシスコやポートランドもそうですけど、世界中の港町って、どこか似た雰囲気がありますよね。そして港町のかっこよさは、どこかベースボールっぽいかっこよさがある。例えばシアトル、ロサンゼルスなど大リーグも港町が多い。横浜も港町として栄えてきた場所なので、同じ空気感を内包してますよね。つまりベイスターズは、日本のプロ野球よりも、ベースボール的なかっこよさを追求していくと、必然的に横浜のかっこよさに近づいていく、とお話ししました。

河村さん:まだあの時は僕たちも横浜のことが今ほどわかってなかったんですよね。当時「あなたが思う横浜らしさは」とか「横浜といえば」というアンケートで得た答えは、明確に市民の皆さんの横浜への愛着の深さを示していました。残念ながら当時のベイスターズはその答えと近い存在ではなかった。この横浜愛に応えて、横浜らしさに近づくためにはどうしたらいいのか、という方向に振り切ろうということになったんです。

太刀川さん:DeNAは元々マーケティング力が非常に高いから、当初から地域を良くしたいと願う横浜市民のシビックプライドに野球をつかってもらう、みたいなことを意識されていたわけですよね。その一つとして「I☆YOKOHAMA」(アイラブヨコハマ)というキャッチフレーズを出されて。

河村さん:「I☆YOKOHAMA」はおそらく、DeNAベイスターズの歴史の中でも大きなキーポイントだったと思います。普通は自分たちのチームを応援してもらいたいから「アイラブベイスターズ」と謳うんですけど、でもあえて、僕たちも皆さんと同じように横浜が大好きです、と示したことが、どんどんファンや市民の皆様にも浸透して広がっていきました。今ではヒーローインタビューの後に「アイ ラブ ヨコハマ!」と叫びたくて仕方ないという感じになってます。

太刀川さん:それがだんだん「I☆YOKOHAMA」と球場に掲げられたり、僕らと一緒にマンホールやDREAM GATEを作ったりして、横浜の街そのものがチームなんだっていう願いが街に滲み出ていきましたよね。前はほとんどの横浜市民が野球に興味なかったんじゃないですかね(笑)

河村さん:横浜だけではないと思いますが、球場まで足を運んでくれるかどうかと考えたら、馴染みのない方にとってはやはりハードルは高い。参入当時、稼働率が50%くらいでした。じゃあ残りの50%を呼ぶためには野球だけでなく、それ以外のことでもアプローチしないといけないし、横浜は日本で最も人口が多いですから、約370万人に向かって伝えるにはどうしたらいいのか、と考えた。その一つが「+B」ですね。

太刀川さん:その時「LIFETIME+BASEBALL(ライフタイムベースボール)」というタグラインを作ったんですよね。ライフタイム、つまり人生の中にベースボールの要素を取り入れてもらおう、という提案でした。

河村さん:そう、プラスBの「B」は、ベイスターズのBではなく、ベースボールのBなんですよね。

太刀川さん:観戦グッズって、試合の日にハマスタでユニフォーム着たりメガホン振るのは楽しいんだけど、日常生活で着るのはちょっと、ってなりますからね。それが使いやすいコーヒーカップだったり、快適なクッションだったら、誰かのライフタイムに近づける。僕らとしてはそんなタグラインにそったロゴを提案させてもらったり、オリジナルの書体を作ったり、商品のコンセプトを提案させてもらいました。

野球に興味がない人たちだって人生の中で素敵な瞬間として野球やボールパークに関わることがあるわけで、もしかしたらそれは、通勤途中で気軽に買えるおいしいコーヒーかもしれない。それでスタジアムから公園に向けて「BALLPARK COFFEE」ができたし、そのあと結果としてクラフトビールにもつながって、横浜駅には「COFFEE AND BEER &9(アンド・ナイン)」もできたし。すごい決断を次々にしてますよね。

河村さん:野球とは直接的には関係ないことですからね。それでも「へー、ベイスターズがやってるんだ」と気づいてもらったり、「野球は見に行ったことないけどなんかおしゃれ」と感じてもらったりして、野球を見てこなかった人とも接点を持ちたいんですよね。今年はコロナ禍の影響で開催することができませんでしたが、毎年スタジアム外の公園でビアガーデンをしています。

太刀川さん:あれは本当にすごい、けっこう本気で感動しましたよ。中で試合してるのに、外で大型スクリーンで見れちゃって、ビールもコーヒーも飲めて、観戦チケット売れなくなるんじゃないの?と普通なら思うところを、横浜市民に野球の楽しみ方のひとつとして提案したんですよね、

河村さん:僕らベイスターズの歴史には球団がなくなるかもしれないという不安な時期があって、その後にDeNAが入ってきたので、IT企業がなんで野球に?と驚かれたし、まだ歴史の浅い企業なので大丈夫なのかと心配されたこともありました。だからこそ、市民の皆さんに対して説得力あるコミュニケーションをしなくてはいけなかったんですよね。そのおかげか今では「DeNAでよかった」と言ってもらえることも増えました。

太刀川さん:本当にオーナーがDeNAになって良かったと思いますよ。試合もすごく魅力的になったし、コロナ前までは観客動員数が約2倍とかになってて、横浜の中にもベイスターズファンがすごく増えてると感じています。

このTHE BAYSも、歴史文化財の建物をこれだけフルリノベして自分たちで運営管理するというのは企業としてけっこう大きな決断だったはずですが、それでも市民と接点を持ちたいという体現がされていますよね。

特に2階に、スポーツをクリエイティブの力で盛り上げる事業者さんに向けて「CREATIVE SPORTS LAB」を作った。スポーツで横浜の街づくりをオープンイノベーションしていくんだ、というベイスターズの意思表示を担っていると思います。

CREATIVE SPORTS LAB

ファンとのコミュニケーションのこれから

太刀川さん:ベイスターズは、港町横浜というわかりやすい地域文脈をもって、ベースボールのかっこよさを背負う球団になりましたよね。最近はそれが、野球本来のかっこよさとして他球団など日本のプロ野球界にも浸透してきた気がします。

河村さん:パートナーさんたちのおかげもあって、「ベイスターズ、かっこよくなったね」と言っていただくことは増えました。プロ野球に対するイメージも変わった、と言っていただくこともあって、これまでベイスターズが選択してきたコミュニケーションが支持されているのであれば、他の球団と違う存在感を出せているのかな、とも思います。コロナ禍となって、球場も入場制限、マスク着用や声援制限など、僕らがこれまで大切にしてきたことが根底から崩されてしまいました。ただ一方では、この時代だからこそできる、ファンの皆さんとの新しいつながり方やコミュニケーションの確立に、スピード感をもって取り組んでいます。まだ試行錯誤しているところもありますが、自分のアバターで試合を観戦するバーチャルハマスタなど、オンライン上の可能性を広げているところです。

太刀川さん:コロナ以降のプロ野球と市民の関わり方について、僕はDeNAさんに期待しています。たとえばハマスタと横浜市民の家庭のテレビが繋がって遠隔でも野球観戦に参加できるとか、そういうデジタルトランスフォーメーションはきっと前から考えてらしたと思うんですよ。DeNAだしね。コロナによってそれが加速度的に進んでいるだろうし、いつかはどこかの企業が実現することでもあると思うんですけど、ハマスタはライブ会場としても使われることが多い場所なので、デジタルによって新しく人と繋がれる仕組みは今、世界中のエンタメ業界が求めていることだし、DeNAなら何か革新的なことを実現できるだろうと思っています。

取材・文/ やなぎさわまどか

株式会社横浜DeNAベイスターズ ブランド統括本部 広報部 部長河村康博さん

PR会社を経て2014年に株式会社横浜DeNAベイスターズに入社。さまざまなイベントや街づくり事業に関する事業広報を担当。行政と連携し、学校給食における選手寮カレーの提供や乳児へのオリジナル絵本プレゼント企画を手掛けるなど広報の枠を超えた業務を推進している。
https://www.baystars.co.jp/

NOSIGNER代表太刀川英輔さん

進化思考家。デザインストラテジスト。慶應義塾大学特別招聘准教授。デザインで美しい未来をつくる(デザインの社会実装)発想の仕組みを解明し変革者を増やす(デザインの知の構造化)を目標とするデザイン活動を続け、社会課題に関わる多くのデザインプロジェクトを実現。100以上の国際賞を受賞する。発明の仕組みを生物の進化から学ぶ「進化思考」を提唱し、変革者を育成している。主な仕事にOLIVE・東京防災(東京都)YOXO(横浜市)横浜DeNAベイスターズなど。
https://nosigner.com/