ローカルキーマン

映画館2020.12.15

伊勢佐木町

街と共にあること。時代に沿って変化を続けるシネマ・ジャック&ベティ

シネマ・ジャック&ベティ 支配人梶原俊幸さん

古い器に、新しい酒を注ぎ続けること。 

映画監督・宮崎駿は、作品が完成するまでの地道な努力の過程をそう言い表した。映画とはまさに、先人がつくりあげたものに敬意を持って新たな命を吹き込み、人々へ広がる文化だと言える。古今東西、1本の映画に影響を受けた人の数は数え切れない。

かつては映画の街として知られた伊勢佐木町周辺だが、時代の流れとともに映画館は大型商業施設へ移り、ミニシアターと呼ばれる映画館は数えるほどになった。そのなかで、間もなく30周年を迎える建物に、常に新鮮な風を取り入れている黄金町のシネマ・ジャック&ベティ支配人の梶原俊幸さんに話を聞いた

移り行く時代に訪れた節目

私たちは元々、まちづくりに貢献できればと、まち歩きをして黄金町エリアの魅力をブログで発信したり、映画館のロビーをお借りしてオフ会をしたり、というような活動をしていました。2006年頃のことですので、大型のシネコンが主流になり、映画館自体も、フィルムの映写機からからデジタルに変わり始めた時です。すでに昭和の時代のように「映画の街」とか「映画には不自由しない」と言われていた街からは姿を変えていましたが、それでもまだ日劇の建物があったり、近くに横浜ニューテアトルさんや横浜シネマリンさんも営業していて、横浜のミニシアターもがんばっていたんです。

2005年には、様々な要因が重なって、当時ジャック&ベティやこの辺りの劇場を運営していた会社が解体することになり、ジャック&ベティを含む映画館が全て閉館してしまいました。ただ、ジャック&ベティだけは比較的新しい施設だったこともあり、半年後には別の会社が引き継いでくださいました。その後、私たちがロビーでオフ会などイベントをさせていただきましたが、参加者の方々も、営業再開を喜んでいました。

私たちのまちづくり活動もレポートをブログにアップするなど続けていたところ、2006年の末に、ジャック&ベティを引き継いだ運営会社さんから「映画館ごと運営してみないか」とお声掛けいただいたんです。普通のサラリーマンでしたし、映画は好きだけど映画館の経営なんて考えたこともなかったので、今思うとかなり思い切った展開だとも思いますが、それでも、もしも自分たちが断ったらまた閉館してしまうのかもしれない、と再開を喜んでいた方々のことが頭をよぎりました。できるところまででもやってみよう、と引き継ぎを決め、2007年の3月から私たちが運営させていただくことにしました。

黄金町で映画を楽しんでもらえるように考えたこと

2000年代はすでに大型のシネコンが有力になっていましたが、ありがたいことに当館にはミニシアター系の映画ファンの方が多く来てくださっていました。その方々にもっとお応えできるように、大型の映画館では上映されにくい作品や、その中でも見応えがあるもの、また、都内でも上映してる場所が少ない作品を選び、お越しいただけるように考えたりしていました。

シネコンが一般的になった今では想像しにくいかもしれませんが、街の映画館は2本立てや3本立てといって映画を続けて観る慣習が残っていました。そこで、映画をハシゴする方々に、当館二つのスクリーンを続けて楽しんでもらえるように上映プログラムを組むようにしました。常連さんの中には、上映のスケジュール表に書き込みや印をつけたりしながら、たくさんの作品を当館で楽しんでくださってる方もいて、ありがたいですね。

また、ちょうど黄金町も文化芸術系の施策が進み、女性がひとりでも来やすくなってきていたことも参考にして作品を選ぶようにしました。都内でいえば岩波ホールやシネスイッチ銀座などで上映していた作品を選び、日中の時間帯に上映するなど、少しずつ女性のお客様が増えだして、今では日中だと女性の方が多くなりましたね。

それと今ではすっかり定番になったことが、舞台挨拶です。13年前は地方のミニシアターでの舞台挨拶はほとんど聞きませんでしたが、せっかく邦画が上映できるんだし、思い切ってご相談してみたら来てくださる監督や出演者ばかりでした。むしろミニシアターならではの距離感で、お客様ももちろん喜んでくださるし、監督や出演者さんにとっても、直に観客の反応を見れたりロビーでコミュニケーションできることを喜んでくださるんです。今では舞台挨拶のある作品が毎週のようにありますし、外までチケットを買う人が並んだり、満席になることもあるほどです

ミニシアターならではの価値を提供したい

シネコンだけでなくオンデマンドでご自宅で映画を楽しむことも一般的になりました。私たちもうまく共存できるように、ミニシアターとしての魅力を継続させる努力が必要だと考えています。当館を引き継いだ頃はまだミニシアターの多くがフィルムを使っていましたが、当館では早めにデジタルに切り替えたり、25周年のときには劇場の座席シートを高品質なものに総入れ替えしました。その時はまだ自由席でしたが、将来を見据えて座席に番号を振っていました。ミニシアターは通常、鑑賞チケットを買ったら好きな座席をご利用いただきますが、いつかシネコンのように指定席が当たり前になるかもしれないと考えたためです。結果的にコロナ禍によってそれが早まることになり、現在、当館のチケットは事前にオンラインで購入いただけて、キャッシュレスの発券機も設置しました。自由席の風習は味わい深いですけど、必要な変化は取り入れる方がいいと思います。

また、当館では、様々な方の期待にお応えできるよう常に作品のジャンル作品層を広げています。私は主に新作の選出を担当しているので、年に約300本前後を観て上映を組むように検討していて、そこにスタッフにも考えてもらう企画上映やリバイバル上映の作品、あと映画祭関連の上映もあるので、ジャック&ベティ自体は年間360作品ほどを上映しています。

月に1回はジャック&ベティサロンというお客様との交流の場をつくっていて、そこで聞かせていただくご意見や情報交換もとても参考にしています。取り扱う作品にポリシーを持ちながらも、色んな手法でコミュニケーションが存在するように努めることで、ミニシアターとしての価値が続けられるんじゃないかと思うんです。

例えば当館で観た作品が気に入って、同じ監督の過去の作品も観たい、と思ったらオンデマンドで楽しめるでしょうし、あの俳優さんが今度は最新の話題作に出てると知ったらシネコンでハリウッド作品を観るなど、それぞれの役割や楽しみ方をもって共存していきたいですね。

この街の映画館として、これからも

私自身は都内の出身ですが、母の実家が戸部にあったため、この辺りは幼い頃からよく来ていました。私が小さい頃と比べたら街は変わりましたが、13年前にジャック&ベティを引き継いだ頃はまだところどころにレトロな雰囲気が残っていたのをよく覚えてます。だからこそその中に映画館が残って欲しいと思いましたし、ある種、この危うさのような魅力が完全に消えるのは寂しいとも思います。

黄金町や近隣の方々も映画館があることは認識してくださっているようで、街のお祭りやイベントなど、お声掛けいただければ出来るだけ参加するようにしています。今年は色々なイベントが変則的ですが、当館のような映画館にとって街と連動することは欠かせないと思うんです。

お客様にとっても、「劇場と周りの街散策」という基準で映画館を選ぶことも珍しくなくなりました。横浜は魅力の多い街ですので、これからも色んな方にお越しいただけるポテンシャルは高いですよね。私たちも街のためになることをしながら、一緒に盛り上げる存在でありたいです。

2021年はジャック&ベティが30周年を迎えます。この先も40周年、50周年と寄り添っていたいです。

取材・文/やなぎさわまどか

シネマ・ジャック&ベティ 支配人梶原俊幸さん

(株)エデュイットジャパン シネマ・ジャック&ベティ 代表取締役 支配人
1977年神奈川県横浜市生まれ、東京都育ち。黄金町エリアを中心に街づくりの活動をきっかけに、2007年3月からシネマ・ジャック&ベティの運営を引き継ぐ。
https://www.jackandbetty.net/