メキシコシティ

あくまでローカルに、それでもグローバルに。メキシコシティの悪名高きエリアにおける、CICLOの挑戦

「都市は、私たちの社会を反映するものだと、私は思っています。”どのように都市に住むか”という問いは、”どのようにこの社会で暮らすのか”、という問いと同義です。」

そう語るのは、メキシコシティに拠点を構える国際アート団体・CICLOのアートディレクター、ラウラ・レセンディス。CICLOは、パブリックスペースを舞台に、都市の記憶やアイデンティティを刺激させるようなアートによる介入活動を行っています。メキシコシティを中心に、世界中で活動を行ってきたCICLOですが、今回ラウラが紹介してくれたのは、テピート(Tepito)というディープなエリア。彼女とテピートを歩きながら、”アートで都市に介入する”というCICLOのビジョンについて、詳しく話を聞きました。

文化とアートの力で都市を取り戻す

都市、そしてパブリックスペースを、市民である私たちの手に「取り戻す」ことをテーマにして活動するCICLO。今まで、ストリートにアートインスタレーションを出現させたり、地元民を巻き込んだワークショップやツアー、アート展示会などを、世界中で行ってきました。コミュニティの活性化と、地域のアイデンティティや記憶、歴史を深く理解するコレクティブリサーチにも主眼を置いています。

地域に介入するために、「アートを解読し、誰にでも分かりやすく伝えること」を大切にしているというラウラ。以前は商業ギャラリーでキュレーターとして働いていたという彼女は、アートを業界に閉じた排他的なものとして扱うのではなく、広く多くの人に届きやすくする重要性に気づいたと話します。「だからこそ、私たちの舞台として、ストリートにこだわっています。」

メキシコで一番治安の悪い危険エリアと言われる、「テピート地区」での挑戦

ラウラが話しながら連れて行ってくれたのが、テピート(Tepito)というエリア。「メキシコシティで一番治安の悪い危険エリアのひとつ」と噂を聞いたこともあり思わず緊張してしまいましたが、ラウラはまるで自分の友達の家に行くように、颯爽と歩き続けます。
「ここはメキシコシティで最も長い歴史のある場所のひとつで、スペイン人によるメキシコ征服以前から続くエリアです。治安が悪いという評判があるので、地元民ですら、あまり足を踏み入れたがりません。」とラウラ。

ここには、グローバルチェーンもなく、ローカルな「barrio(スペイン語で、ネイバーフッドの意味)」の雰囲気が残っている、とラウラは続けます。「一方でテピートは、地理的にも文化的にも、メキシコシティの他のエリアから、除外されています。治安が悪いというステレオタイプのせいで、ここに暮らすコミュニティ同士にも、距離がありました。」

CICLOはここテピートで、「Casa Barrio Tepito」という地域の文化施設も交えながら、数々なアート活動を行ってきました。まず目標にしたのは、このエリアにまつわるイメージを変えることでした。「社会学者、文化人類学者、歴史家などを招き、さまざまな手法を学びました。ストリートにまずは耳を傾け、今ここに何が必要なのか、謙虚に見極めることにしたんです。」

CICLOは、地域のコミュニティやアーティストと協力しながら、テピートのイメージを変えるようなツアーやイベントの開催のほか、数々のアートインスタレーションをプロデュース。その過程で、地元住民へノウハウが蓄積され、自信と地域への誇りが生まれます。現在は、地域同士を跨ぐ場所にある歩道橋に目をつけ、その場所をアートで活性化する活動を進めています。

Casa barrio Tepitoのディレクター・Jacobo Noe loezaと、建築家・Mauricio Vergaraが、ラウラと共にテピートを案内してくれた。 (写真:杉田真理子)

現在CICLOは、テピートを他のエリアから分断する場所にある歩道橋の美化と活性化に、アーティストとコラボレーションしながら取り組んでいる。(写真:杉田真理子)

治安が悪いと言われるものの、テピートを歩くと、多くの壁画やパブリックアートに遭遇し、驚かされる。(写真:杉田真理子)

「アートは、私たちに多様性と平等の大切さを教えてくれる。人間は、憎しみあうのではなく、共に手を取り合うべきだ。」テピートで「Tepito Arte Acá」というアート活動を始めた、Daniel Manriqueの言葉。(写真:杉田真理子)

QiPOを通した国際的なコラボレーション

また、ラウラは、国際的なキュレーション団体QiPOにも所属しています。世界各地からキュレーター、アーティスト、プロデューサーが集まるQiPOは、「社会的関与」と「対話」をテーマに活動する団体です。2019年のメキシコシティArt Fair Weekで、最初の展示会も行われました。

「国際的にアイデアを交わすことは、アートをつくる栄養になるんです」とラウラ。「アートがどのように作られ、循環し、消費されるか。ストリートにアートを届ける活動をしている私にとって、グローバルにさまざまな実践者と連携することで、複合的な視座を得ることができました。」あくまでストリートレベルのローカルな活動にこだわりつつ、グローバルな視座を忘れずにいるようです。

CICLOはスペイン語で、循環(Cycle)を示す言葉。CICLOが介入した地域には、CICLOがいなくなっても、コミュニティの手で活動が繋がっていく「循環」が生まれます。CICLOによるテピート地域の介入は有限ですが、地域コミュニティを巻き込んで活動を行うことで、徐々に新しい循環と新陳代謝が生まれることでしょう。

メキシコシティの打ち捨てられた建物を使用したQiPOの展示会場。展示スペースは、手作りで作った。(写真:杉田真理子)

 

(許諾・転載:Traveling Circus of Urbanism / Photo ©︎ MARIKO SUGITA)