カルチャースポット

アート2022.03.29

日ノ出町

崖と階段に囲まれた廃屋が、「繋がる場所」へと生まれ変わる

azumagaoka articulation

東側には緩やかに大岡川が流れ、西側には崖や階段が多い野毛山が佇む。

日ノ出町駅の周辺は、駅を境に東と西で様相が大きく異なっている。この街は川沿いの変革に注視されることも多いが、野毛山周辺にも魅力的な施設やお店がある』のをご存知だろうか。2021年10月にオープンしたばかりの「azumagaoka articulation」もその1つ。崖と階段に囲まれた野毛山・東ヶ丘で、20年以上使われていなかった複数の住宅を改装して作られた複合施設だ。

廃屋から生まれた実験場

袴田京太朗さんの彫刻作品@崖と階段展(Photo: Ken Kato)

azumagaoka articulationを運営しているのは、アートプロジェクトや展覧会の企画・実施、美術館をはじめとする芸術文化施設の整備計画・運営計画などを手掛けるオフソサエティ株式会社だ。

長田さん「日ノ出町駅の裏にこれだけ廃屋があるというのは驚きでしたが、小さな村みたいだなと思って、紹介してもらった5棟全てを借りたいという話をしました。廃墟を改修し、そのうちの3棟を、事務所、バー、展覧会場としてうちの会社が使用しています。2022年の春頃には、新たにコワーキングスペースをオープンする予定です。」

そう語るのは、代表の長田哲征さん。プロデューサー、ディレクター、キュレーターとして、アーツトワダ/十和田市現代美術館(青森県十和田市)の全体監修および計画策定、YCC ヨコハマ創造都市センターの運営など、数多くのアートプロジェクトを手掛けてきた。そんなオフソサエティ株式会社が創る、「自分たちがクライアントのプロジェクト」が、azumagaoka articulationだ。

長田さん「近年、特に地方都市の美術館は、街とどう繋がるか、周辺地域をどう活性化させるか、という複合的な役割を持っているように感じます。そのような役割を考えたときに、美術館内にバーやコワーキングスペースがあっても良いのではと思いました。

azumagaoka articulationは美術館ではないですが、そうした実験場のようなイメージがあります。何かと何かが組み合わさるときにはメリットとデメリットが同時に出てくるので、どうしたらデメリットを少なくできるかという実験を日々行っています。」

バーは出会いや繋がりが生まれる場

BAR 崖と階段(Photo: Ken Kato)

「崖と階段」と名づけられたバーでは、現代美術の作品展示が行われ、画集や作品集などの美術書籍も置かれている。横浜美術館の学芸員や黄金町で滞在制作を行うアーティストなど美術関係者が訪れる一方、美術業界に関わりを持たない地元の方もお酒を飲みにやって来る。

長田さん「BAR崖と階段は、お酒が飲めて煙草も吸えて音楽も流れているのですが、僕が若いころであれば、こういう空間で美術展示を行うのは私の能力的に難しかったと思います。この空間に対する正解は未だにわからないのですが、美術関係者として作品やアーティストへの配慮は忘れず、絶妙なバランスを探りながら新しい組み合わせに挑戦しています。

美術館に行くと感動しながら無言で帰ることも多いと思うのですが、おもしろいと思った時は誰かと喋りたいじゃないですか。なので、そういう会話ができる場所になったらと思っています。

ある日展覧会に出展してくださったアーティストが飲みにきてくれたので、たまたまカウンターにいたご夫婦に紹介したら、『アーティストさんなんですか!?』とものすごく驚かれたこともあります(笑)。今はコロナ禍で営業を休止していますが、再開したらまた色々な人に来ていただいて、出会いや繋がりが生まれる場所にしていきたいです。」

 

歴史への配慮を持ちつつ、より根元的なテーマへ

今井俊介さんの作品と展示会場@崖と階段展(Photo: Ken Kato)

関川航平さんの作品と展示会場@崖と階段展(Photo: Ken Kato)

2021年10月22日(金)から12月5日(日)まで、現代美術展「崖と階段」が開催された。バーと同名のこの美術展には、長田さんの予想を上回るほど多くの方が足を運んだそうだ。

長田さん「施設の近所に、横浜埋め立ての立役者である吉田勘兵衛さんの碑があります。この近辺は埋め立てに用いる土砂のために山を削ったという歴史があり、崖や階段が多い。そういう場所の特性はかなり意識しました。

崖と階段展の展示会場は美術館のようなホワイトキューブではなく、敷地内の階段や、もともとアパートだった建物です。住居だった名残で部屋にトイレやお風呂があるので隠そうとしたら、見える状態でいいとアーティストに言われて。美術館の白い空間だと何が起こるのか予測できてしまうけれど、この場所はすごくおもしろいと言ってくださる人もいました。美術というのは歴史を積み重ねて今の形があるので、そういった歴史に対する配慮や深みを持たせつつ、おもしろいと思ってもらえるよう考えました。

今後も展覧会は開催したいのですが、この場所の特性を活かしつつ、『我々がなぜ生きているのか』というような、より根元的なテーマに繋げていけたらと思っています。」

 

気軽に扉を開けてほしい

オフソサエティ株式会社 代表・長田哲征さん

長田さん「azumagaoka articulationはまだ第一歩を踏み出したばかりなので、今後はさらに賑やかで人が集う場所にしていきたいと思っています。建物はあくまでもスタートで、人間が活用することで色々な可能性が生まれていきます。場所性を活かして、ここならではのおもしろいことをもっと考えていきたいです。

『美術って難しくてわからない』と構えてしまう方も多いですが、私はもう少し気軽に楽しんでも良いのではと思っています。BAR崖と階段には、美術の話をしないお客様ももちろんいらっしゃいます。女性お一人の方や若い学生の方に『ドキドキしながら扉を開けました』と言われたこともありますが、ぜひ気軽に扉を開けて話しかけてほしいです。人が通ってくれて、コミュニケーションが生まれる場所にしたいという気持ちが一番なので。」

「articulation」には、分節・分断という意味がある。
日常と芸術、人と社会、人と人、そして過去と未来。azumagaoka articulationは、生きていくなかで生じる様々な分節・分断を打ち消していく。20年ものあいだ時が止まっていた「小さな村」は、大切な何かを繋ぐことのできる場所として、未来へ向かって進み始めていた。

 

取材・文/橋本彩香

スポット情報

azumagaoka articulation

azumagaoka articulationは、展示スペース・オフィス・コワーキングスペース(シェアオフィス)・バーラウンジなどから構成される小さな複合施設であり、20年以上使用されていなかった複数の住宅を改修し、構成。
「働く、作る、見せる、会話する」をテーマとし、現代美術・現代アートを中心とした展覧会の開催、作品展示、コワーキングスペースやバーラウンジなどの運営を行う

公式HP:https://azumagaoka.com/
運営会社:オフソサエティ株式会社 https://offsociety.com/

看板は中﨑透さんによる美術作品(Photo: Ken Kato)