ローカルキーマン

スポーツ2022.03.11

日ノ出町

横浜にはSUPがある。地域に根ざした「倶楽部」が作る水辺の景色。

横浜SUP倶楽部 代表柿澤寛さん

「大岡川が好き。」
日ノ出町、黄金町に縁がある人々にこの街の好きなところを訪ねると、こんな答えが返ってくることが多い。

街の人々から愛される大岡川を誰よりも慈しみ、そして楽しんでいるのは、横浜SUP倶楽部の代表である柿澤寛さんだろう。

「大岡川リバー&リバーサイドクリーン」などの活動を通して大岡川周辺の美化活動にも精力的に取り組む柿澤さんに、大岡川とこの街への思いを聞いた。

馴染みのなかった横浜が、居心地の良い場所になっていた

柿澤さんと横浜SUP俱楽部副代表の深田聖子さん

「都内で針灸あん摩マッサージ指圧師として働いていた26歳のとき、みなとみらいにインターコンチネンタルホテルが開業し、ホテル内の治療室を任されることになりました。それからの10年は、横浜から船を出してシーバスフィッシングをしたり、八景島でウインドサーフィンをしたり、仕事をしながら年間200日くらい遊んでいたと思います。

それまでは正直、横浜にあまり良い印象がなく、ちょっといけ好かないなぁなんて思っていました(笑)。だけど横浜は水辺がたくさんあるからウォータースポーツをするにはぴったりだし、一般的なイメージよりも田舎で、外の人にも寛容。遊んでいくうちに人との繋がりができるとすっかり居心地が良くなり、横浜に引っ越しました。

本気で遊んでいるうちに、SUPを誰かに体験してもらうことや、広めることが楽しくなり、日ノ出町の「ちょんの間」と呼ばれる建物を借りて、2013年の5月に横浜SUP倶楽部を立ち上げました。」

リバークリーンによって、逆風が追い風に変わった

「僕たちはこの街では外から来たアウトサイダーだったので、最初の2,3年はなかなか大変で、逆風の時代でした。信用がない状態だから当然ですよね。最初の3年くらいは町内会の会合や、街の人が主催するワークショップなどにとにかく顔を出しました。そのおかげで繋がりができ、仕事に結びついたり、街のプレーヤーと親しくなったりすることができたと思っています。

近年では「大岡川リバー&リバーサイドクリーン」(以下、リバークリーン)という川と川辺の清掃活動を、毎月第3土曜日に行っています。俱楽部の目の前にある桜桟橋は僕たちがほとんど独占のように使わせてもらっているので、受益者負担で川や桟橋を掃除するのは当然のことだと思っています。

僕たちが大岡川で活動を始めた頃、桟橋は足を滑らせないよう注意が必要なくらい、ぬめりや汚れが溜まっていたんです。掃除をしたのですがあまりに大変なので、月に1度「桟橋クリーンアップ大作戦」として人を募って掃除をすることにしました。当時は今より川も汚かったので、メンバーとSUPの練習やクールダウンを兼ねて川のゴミをすくうと、あっという間にすごい量のゴミが集まるんです。そんな風にゴミ拾いをしていると街の人にすごく喜んでもらえて、協力してくれる人も増えていきました。人数が増えたので川沿いのゴミも拾うようになり、川も陸も掃除する今のリバークリーンの形が出来上がっていきました。

川のゴミ拾いは、季節の良い時期はSUPの体験も兼ねています。今では最低でも30人、多い時には50人ほどの人がリバークリーンに参加してくれます。特にこの5年はSDGsの普及もあり、レジャーとしてゴミ拾いをする人が増えたので、追い風なんです。地元の人やお子さんも楽しんで参加してくれているので、続けていきたいと思っています」

地域に根ざした「倶楽部」を目指して

大岡川リバー&リバーサイドクリーン実施時の集合写真

「ヨーロッパでは古くからサッカークラブが地域に根付いていて、サッカーを収入源として他のスポーツのチームを作ったり、公園の整備など社会事業や文化事業も行っています。いわゆるまちづくりですよね。

そこまでとは言わないけれど、自分たちの活動でしっかり経費を賄い、得た利益は倶楽部や街に還元していきたいと考えています。サークル的な仲良しクラブではなくて、みんなが同じ方向を向いてメンバーシップを築いていく。そういうイメージで横浜SUP『俱楽部』と名付けました。SUPを漕ぐことはもちろん、メンバーみんなで安全のことや街とどう関わるかを考えています。できることは限られているかもしれないけれど、一人一人にそういう気持ちがあるのは良いことだし、そういうメンバーが集まればすごい力になるだろうと思っています。

立ち上げから9年目を迎え、次は総合スポーツ倶楽部化をイメージしています。最近はサーフスキーをしたり、外から講師に来てもらって野毛山でノルディックをしたりしています。ノルディックは幅広い年齢層に愛されるスポーツなので、そういう風に、色々な人が色々なスポーツを体験できる倶楽部にしていきたいです。

冬にサンタ100人でSUPを漕いだり、毎日のように川で自由に遊ぶことができるのは奇跡だと思っています。他の地域で活動している同業の方から、自由にウォータースポーツを楽しむことができる今の大岡川の状況をみて驚かれることもあるくらいです。

けれどそれは偶然の産物ではなく、僕が30年以上前から横浜の水辺に馴染みがあり、この場所でどのくらいのことができるか肌感覚でわかること、地域の人たちとの繋がりが作れたこと、そしてメンバー一人一人が秩序を守って活動していること、そういったことの積み重ねによって実現した景色だと思っています。コンセンサスを得て自由に遊ぶことができる今の状況は決して当たり前ではないとメンバーとよく話をしているし、街中でやらせてもらう以上、今後もその気持ちは揺らがずにやっていきたいです。

2013年にSUP倶楽部をはじめて9年目になりますが、この街は大きく変わったと思います。防犯パトロールや防災訓練などに参加する人が増えてきたのは良いことですよね。

アート以外にも地域のコンテンツやプレーヤーが増えて、この街で遊びたい人が増えたら素敵だなと思います。川もうちと水辺荘(※)だけが使うのではなく、もっと地元の人たちが楽しんで使えるようになったら良いな。高架下の日ノ出町フードホール(※2)がオープンしたとき、SUP利用者にクーポンを配布したのですが、そういう地域の横の繋がりを大事にして、相乗的に盛り上がっていけたら良いなと思っています。それもメンバーシップですから。」

(※)日ノ出町の「ちょんの間」の一角を拠点とする、日常的に、身近に、気軽に水辺を楽しむための活動を行う市民団体。【公式】水辺荘 | 横浜みなとみらいの大岡川を中心としたSUPツアー (mizube.so)

(※2)日ノ出町フードホールの詳細はこちら

あの景色を見たら、きっと横浜が好きになる

「僕は大岡川の水面から見るこの街の景色が大好きです。電車が走っていて、桟橋があって、Tinys Yokohama Hinodechoがあって、その隣に自分たちのスペースがある。この風景は特別ですね。

SUPだと日ノ出町からみなとみらいまで約1時間で往復できるのですが、風向きによってはみなとみらいにたどり着くのが難しい人もいるので、ほどよくチャレンジングでベストな距離です。みなとみらいの景色は朝も夜も本当に綺麗で、あの場所でSUPを漕ぐというのは特別な体験だと思います。30年前の僕がそうだったように、あの景色を見たら、きっと横浜が好きになると思います。

倶楽部を始めたとき、横浜の風景画に当たり前にSUPが描かれるようになったら素敵だねと、現副代表である深田聖子さんと話していました。いつか『はまっこはみんな1回はSUPしたことあるよ』と言われるようになったら良いなと思っています。」

SUPは本気の遊び、と語る柿澤さん。
真剣に川を遊びつくす柿澤さんの背中を見て、多くの遊び仲間が集まってくるのだろう。

仲間と同じ方を向いてSUPを漕ぎ続けた先に、「横浜といえばSUP、SUPといえば横浜」。そういわれる未来が待っているに違いない。

取材・文/橋本彩香

横浜SUP倶楽部 代表柿澤寛さん

「川の駅大岡川桜桟橋」を拠点に、横浜で「毎日SUPできる環境づくり」をテーマに活動。安全に楽しく。スクールやクルージング、レースやイベントなどを通してSUPの楽しさを伝えると共に、フィットネススポーツとしてSUPを日常に取り入れた新しいライフスタイルを提案している。

横浜SUP倶楽部公式HP http://yokohamasup-club.com/