スペシャル対談
お菓子2022.03.18
弘明寺・南太田
お菓子は人を笑顔にする お菓子屋さんたちが込める想い
Ange Pastry店主大野純子さん
お菓子な本屋店主水島綾子さん
お菓子を目の前にすると、多くの人が笑顔になる。少しだけ、心が高揚する。
「お菓子」と言ってもさまざまで、作り手によって形も味わいも、コンセプトも異なる。どういう人に届けたいか、届いてほしいか。「お菓子」でどのようなメッセージを伝えていくのか。
自身のご麦粉や乳製品のアレルギーの経験からグルテンフリー・ビーガンのお店「Ange Pastry」の大野さん、食と海を繋げる活動から海藻スイーツなどを考案した「お菓子な本屋」の水島さんにお話を聞いた。
気持ちと創造性が込められるお菓子作り

大野さんが営む「Ange pastry」さんの店内
水島:大野さんと初めてお会いしたのはマルシェでしたっけ。
大野:そうですね。2、3年前かな。野菜繋がりで集まって。
水島:その後、催事でご一緒した時に「大野さんのお菓子じゃないと!」と大野さんのお店を目当てに来られるお客様がたくさんいらして、すごく素敵だな、と思っていたんです。大野さんは、もともとはパン職人だったんですよね。
大野:そうですね。最初はパンがメインだったんですけど、ケーキを作ってもらえませんか、という問い合わせが多くなったんです。それでだんだんお菓子を作る比重が増えました。

Ange pastryは、グルテンフリー・ビーガンのお菓子が豊富に揃う。
水島:もともと作り手を目指したきっかけはなんだったんですか?
大野:小さいころから、母がパンやお菓子を作っているのを見て真似していたんです。「作るのが好き」という気持ちから、年を重ねるごとに、「今度はみんなにも食べてもらいたい」という気持ちが大きくなってきました。
それから、自分が小麦や乳製品のアレルギーになったこともあり、私自身が安全で美味しい食を求めていました。でも世の中には、それを満たすものはほとんどなかったんです。そのとき、「じゃあ、自分で作ってしまおう!」と思い立ったのが、小麦や卵をできるだけ使わず、米粉をベースにグルテンフリー・ビーガンのお菓子を作り始めたきっかけです。
水島:私もお菓子作りは好きだったんですけど、今実際に作ってるのは妹なんです。でも、食べるのが好きな家庭、小さいころの楽しい食卓が姉妹の共通認識でありました。
妹がマフィン屋さんをひとりで始めたのは2008年で、ときどき手伝っている中で、実際にお菓子を売るシーンに出会ったんです。やっぱり、お菓子ってみんな笑顔になるんですよね。そんなふうに喜ばれるのを見たのがきっかけになったのかな。それで、ASmuffinという名で、姉妹でマフィン屋さんを始めました。
大野:お菓子はおめでたいときやお祝いとか、華やかなものに直結しているからか、嬉しい、楽しいという気持ちも一緒に込められて作られているのがいいですよね。
食べる側から作る側になると、こういったものが食べたい、皆さんにも食べてほしいという自分の気持ちを込めて、他にないものを作れるところがすごく魅力的。
水島:自分たちで工夫できますからね。つくり手の想いもそうですし、「こういう食材と組み合わせてみよう」とか、「今度はこんな形にしてみよう」とか、自分の好きなものに対して創造性が発揮できるんですよね。
お菓子にメッセージをのせていきたい

お菓子な本屋「昆布クッキー」は、CO2削減のために養殖された昆布を使用。
大野:水島さんのところはずっと最初から野菜を使ったマフィンを?
水島:私がASmuffinにジョインしたタイミングで、横浜で野菜が作られていることを知ったのがきっかけなんです。まさか横浜で野菜が育つとは、当時は驚きでした。「その野菜をマフィンにしてみない?」という提案をしたら妹もおもしろがってくれて。
また、私が店主をしている「お菓子な本屋」では、海藻を使ったお菓子を作っています。私はもともと海が大好きで、“さかなメデリスト”という活動をしているんですけど、そこで漁師さんとの繋がりもできたんです。その中で「これお菓子にできる?」っていう無茶ぶりもあったりして。サバ丸ごと一本とか。
大野:へぇ~!
水島:妹に相談しながら、「海藻だったらうまくいくんじゃないか」ということでレシピの開発をしました。マフィン作りで培った野菜との組み合わせで、多少のノウハウはあったんですが、海藻はなかなか時間がかかりましたね。絶対に美味しくないと販売したくない気持ちが強かったので、徹底的にこだわりました。
海藻スイーツは、食べることを通じて、海のことを知ってもらうことを目的にしています。特に私は、海側の現場の方から「毎年海藻が少なくなって、魚も減ってきているんだよ」という問題点も多く聞くようになって……でも、なかなかストレートに環境問題の話をしても伝わらないんですよね。それなら、人がハッピーになれるお菓子にメッセージをのせたらどうかな、と思って。そうして完成したのが、国産ひじきのパウンドケーキと昆布クッキーです。「美味しくて地球に優しい」が当たり前になると良いなと思っています。

南太田にある大野さんのお店「Ange pastry」はいつもたくさんのお客さんで賑わう。
大野:AngePastryのコンセプトは「一緒においしいね」です。
私自身、小麦と乳製品のアレルギーが出たことで、日本にはアレルギーに対応した製品が見つからなくて困っていらっしゃる方がこんなにいるんだ、ということを初めて知りました。
買おうと思っても売っていなくて、作ろうと思っても、最初はとてもじゃないけどパンともお菓子とも何とも言えないものしかできなくて……それでも努力しながら少しずつ商品を増やしていきました。
でも、必要としてくださる方に届けるのにはまだまだ全然足りていないですね。
たとえば大人は我慢できたとしても、子どもたちはやっぱり「なんで友だちはみんなお菓子を食べているのに、僕は食べられないの?」と思うじゃないですか。
アレルギーだから仕方がないとか、食べられないからこれでいいとか、どこかで諦めている部分があるんだと思います。「これでいい」じゃなくて、「これが食べたい」というものを作りたい。そう思ってオーダーメイドでも作るようにしました。アレルギーを持っている男の子に、何が好きで何が食べられないのか全部聞いて、その子用にデザインしたケーキを作ったんです。
水島:すごい。
大野:そうしたらものすごく喜んでいただけて。ひとつひとつ非常に時間がかかるのでたくさんは作れないのですが、できるだけお客様に合わせたものをお作りして、心から楽しい時間を過ごしていただけるのなら嬉しいな、と思ってやっています。
お客様に「アレルギーになって、このケーキに会えてよかった」と言っていただけたときにはさすがにこみあげるものがありましたね。
水島:うちではアレルギー対応はしていないので、お問合せいただいてもお断りすることになるんですよね。そういうとき、ひそかに大野さんのことをお伝えしたいなと思います。アレルギー対応のお菓子を探している方って多いんだなって感じますね。
大野:難しいところではあると思うんです。採算が合わないという場合も出てくるので。でも、そこから得られるお客様との関係性は代えがたいものですね。
でも、ASmuffinさんのお野菜のマフィンもすごいですよね。バリエーションが豊かで、欲しいお野菜のマフィンがちゃんとありますよね。ナスが欲しいって言ったらちゃんとあるし。
水島:その時期に一番手に入りやすい、旬の野菜を使うようにはしていますね。野菜自体の味はそこまで強い個性があるわけじゃない。
それをマフィンにするなら、どう美味しくできるだろう?と考えます。ナッツを加える、ジャムにしてみる、など、さまざまな組み合わせの部分で工夫しています。多分マフィンのレシピは100近くはあるんです。
大野:100!?
水島:数えてみたらバリエーションがいっぱいあったんです。ボツになったものもいくつかもちろんあるし……この野菜は何もせずこのままの方がおいしいんじゃないか、という発見もありますね(笑)

ある日の黄金町で開催されたマルシェ。海藻スイーツと、興味深い本が並ぶ。
大野:野菜は地元のものでこだわっているんですか?
水島:そうですね。材料は、基本は体にいいものを、というのはあります。緩やかな健康志向というか……2種類あったらより健康に良さそうなものを選ぶというところかな。
野菜のマフィンを通じて「地元でも野菜がつくられているんだ!」という驚きを伝えられたら嬉しいなと思っています。また、海藻スイーツも、海の問題とポジティブな気持ちで出会ってほしいという気持ちがあります。興味を持ってもらうきっかけとしてお菓子があればいいのかな、と思います。
大野さんは食材へのこだわりは強いですよね。
大野:限りなくオーガニックであったり、有機野菜だったりというところには焦点を当てています。
農家の方々にとって、体に安心で安全な野菜や穀物を作り育てることは非常に大変なことだと思っています。さらに、その食材を使う人がいないと、作り続けることさえ難しくなってしまう。だからこそ私は、本当に微々たるものですけど、手をかけて作ってくださったものを使い続けたい。安心で安全な食材が、後世につながっていけば嬉しいな、と思います。
コロナ禍で考えた原点、販売の形

お菓子な本屋「ひじきケーキ」貴重な国産ひじきを使用。
大野:コロナ禍でマルシェが減ってしまったことで、新しいお客さんと出会う機会は減りましたよね。
水島:そうですね。ネットでの販売もやっているけれど、やっぱり初めてのお客さんと出会うのはマルシェとか、リアルが多いですもんね。
大野:水島さんはネットがメインですか?
水島:ネット販売に加えて、弘明寺商店街のレンタルスペースを使わせてもらっています。そこのお客様もすごく好きなんです。私も近くに住んでいるので、生活圏が一緒だからというのもあるのですが、お客様でもあり、ご近所さんでもあるんです。わいわい世間話をしたりできるのは、オンラインにはない楽しさと信頼関係ですよね。
オンラインストアは「AS muffin」と、「お菓子な本屋」を両方運営しています。
大野:お菓子な本屋についても詳しく聞いてみたかったんですよね。
水島:海藻スイーツには海の問題へのメッセージが込められていますが、このまま売ってもおいしいと思ってもらえないだろうな、と思っていたんです。それなら、本を通じて出会うお菓子にしたら、手に取ってもらえるのではないかと考えて、本屋のスタイルを始めました。
海藻スイーツと本が並ぶお店にすることで、海のことはもちろん、お客様それぞれが興味のある分野の中で知識・興味が深まる機会になればいいなと思っています。お菓子を食べながら、環境問題の本を読んでもいいし、かわいいお魚の絵本を見てもいいし、それぞれのお客様の思考に任せています。
コロナ禍でいろいろと原点に立ち返ったり考えたりすることが多かったなと思うんです。菓子製造業で一体何ができるんだろうというのも真剣に考えました。それがお菓子な本屋の立ち上げに繋がったような気がします。
大野さんはコロナ禍での変化はありましたか?
大野:やっぱりマルシェが圧倒的に減ってしまったことかな。今後は、いかに量を作って、必要としている方へ届けられるのかということについてもう少し考えていきたいですね。「これを作ろう」というときに、あまりにも時間がかかりすぎていて。
せっかく来てくださったのに、一分の差で売れてしまった、というのはあまりにも申し訳なくて……どうやって効率を上げてやっていけたらいいのかが一番悩んでいるところです。
水島:私はお菓子な本屋のほうをもう少し頑張りたいな。
こんなお菓子があるんだ、こういうコンセプトがあるんだ、と知ることで食べ物としての認識が変わったり、説得されるのではなく本を通じて興味を持ってもらうことで主体的に意識や考え方が変わることに繋がると思うんです。本とお菓子を興味の入り口にすることで、おもしろい連鎖が街や人に作用していくように、もう少しきちんと形にできたらな、と思っています。
川沿いをぜひ散歩してみてほしい
最後に、大野さんと水島さんに、日ノ出町黄金町エリアでお気に入りのスポットをお聞きしました!
大野:川沿いにオシャレなカフェがあるので、ふらりとお散歩しながら、お茶をいただくこともしばしば。日ノ出町〜黄金町の川沿い周辺はすごく好きですね。マルシェもよく開催されているので、お買い物がてら、ぜひ見ていただきたいです。
水島:まるかぶりなんですけど、私も同じ場所ですね。川沿いを歩いて海まで行けるので、健脚な方にもおすすめなコース。お散歩好きだったら楽しいと思います。いろんな街の風景を見ながら、小さなお店を発見するのも楽しいですよ。そうやって偶然出会ったお店でお菓子やコーヒーとか買ってみるのも良いですよね。
「お菓子を目の前にすると、人はハッピーになる」とおっしゃっていた水島さんと大野さん。もちろん、「お菓子」が持つパワーは大きい。だがきっとそれ以上に、おふたりの想いと真摯に向き合う姿勢が、お菓子にのって誰かをより幸せにしているのだろう。