スペシャル対談

アート2020.10.21

みなとみらい・黄金町

アートが地域と世界をつなぐ。未来を創る存在を、もっと身近に感じてほしい。

横浜美術館館長蔵屋美香さん

黄金町エリアマネジメントセンター/キュレーター内海潤也さん

アートは定義付けが難しいと同時に、その可能性も計り知れない。

世界に視野を広げて見れば、アートがいかに人々の心を掴み、誰かを鼓舞し、次なる一歩を導き出し、歴史に変化を刻んできたかがわかる。アートは決して、一部の人だけに許された崇高な趣味ではなく、伝えたい思いの渇望から誕生したものだからだ。では、現代における地域とアートのつながりにはどんな可能性があるのだろうか。

2020年4月から横浜美術館の館長に就任した蔵屋美香(くらや みか)さんと、黄金町エリアマネジメントセンターでキュレーターを務める内海潤也さん(うつみ じゅんや)さんにお話を聞いた。

横浜とアートに導かれて見えたもの

内海さん:蔵屋さんが館長になると聞いて、面白いことが始まりそうだな、と思いましたね。一般的にはあまり、美術館の館長交代がどんな意味をもつかまで理解されにくいかもしれませんが、本来、館長が変わることによって様々な変化が起こりますよね。横浜美術館への転職は何が決め手だったんですか?

蔵屋さん:横浜美術館には開館以来お客さんとして来ていたんですが、最大の決め手は国内有数のコレクションがあることでした。これまで美術館のビジネスモデルは、膨大な予算をかけて大きな特別展を開催して、それにたくさんの人を呼んでペイする、というものでした。今後そうしたスタイルは持続が難しくなると感じています。本来、美術館の根っことなるものは、よそから作品を借りて一定期間だけ開催する特別展ではなく、その館の持ち物であるコレクションであって、横浜美術館は潤沢な近現代美術のコレクションに支えられていると思います。 

内海さん:これまで蔵屋さんは、東京国立近代美術館の企画課長まで勤められて、現代のアーティストとも直接やりとりをして新作を作り出すこともされてきてますよね。今後、横浜美術館もそうした学芸員が増えたり、ヨコハマトリエンナーレでアーティストと新作をつくるなど、何か蔵屋さんが来たことで新しい期待も高まりますね。

蔵屋さん:コレクションの収集方針や展覧会の方向性を考えて館の姿勢を示すこと、その中で安定した経営を行うこと、職員のみなさんにとって働きやすい環境を整えることなど、館長のやるべきことは幅広くありますね。日本の美術館や博物館の館長って、館によってはたまに出勤する名誉職みたいなところもありますが、本来はその館のカラーが大きく変わる影響力を持つものです。前館長の逢坂恵理子さんもそうした意識を強くもっていろんなことをやってこられた方でしたので、後任者もそうあるべきだと言ってくださいました。内海さんは横浜に来てどのくらいですか? 

内海さん:2018年の4月からなので2年半ほどです。横浜に来る前は東京藝術大学の国際芸術創造研究科にいて、美術館でインターンをしていました。そのとき美術館の運営というものを学び、数年後の企画を作ったり、1回の企画に膨大な予算を動かすために色々な方面に働きかけて支援金などを募るとか、美術館というパッケージの中での動きを体験しました。アーティストとの繋がりが増えていくような素晴らしい経験もしたのですが、今度は、額が小さくても自分である程度ハンドリングできたり、現代アーティストとやりとりしながら作り上げるような経験をしてみたいと思ったんです。

ちょうどヨーロッパだけでなくアジア方面にも興味があったときで、黄金町は規模が小さくても直にアーティストと色んな取り組みができることを知って、面白そうだな、と。あと横浜って、東京よりも横の繋がりがあると思ったんです。たとえば黄金町で飲んでいると、横浜美術館や横浜市民ギャラリーの学芸員がアーティストを連れて来たりして、そこからすぐにプロジェクトとして協働するわけじゃなくても、まず人同士が繋がることが重要だと思いました。

蔵屋さん:横浜市は市として明確に「創造都市」という方針を打ち出していますよね。地域にアートが必要だという意識がはっきりあって、そのおかげでさまざまな組織や施設があり、したがって横の連携も取りやすいように思います。美術館やNPOなど、それぞれの成り立ちが違うため、お互いの過不足を支えあったり、規模やミッションの違いによって役割分担しあったりできれば理想的ですよね。 

蔵屋さん:横浜美術館は、国際都市・横浜をアピールすることを市から期待されています。しかし一方で足元が見えてないというか、国際交流というと、職員のみなさんの目がまず欧米を中心とした国外に向いてしまうところがあります。たとえば市内にはさまざまな外国人コミュニティーがあるのに、そこに対する意識はまだまだです。それと同じことが黄金町に対しても言えると思います。黄金町は、長くアートによる地域密着型の活動を進められてきたわけですが、黄金町が行っていることの意義が、ふだんピカソやセザンヌを扱う美術館の学芸員のみなさんに届いているのかな、と 思うことがあります。 同じ横浜で、距離も決して遠くないのですが、みなとみらいと黄金町の地域の性格の違いが大きく影響していると思います。プロジェクトとしてはこれまでにもいくつか連携してきましたが、互いの違いをより意識しながら協力しあっていければ、もっといろいろなことができるのではないでしょうか。 

内海さん:みなとみらいと黄金町、どちらもそれぞれの良さがありますもんね。繋がりが強まればお互いにとっても面白くなるでしょうね。

蔵屋さん:みなとみらいは元々、三菱重工横浜造船所の跡地を再開発した地区ですよね。できたばかりのころの横浜美術館は、造船所が移転したあとの何もない野原にぽつんと建つ感じだったのを覚えています。この30年で周囲にいろいろな施設が増えましたが、建物や看板などのデザインに一定のルールが課されていて、地区のカラーが統一されています。つまりこの地区には、整った環境を作り出し、キープするという、強い意志がみなぎっているのです。都市計画として興味深いですし、そこは高く評価したいです。一方で、ここにいると、黄金町などまったく異なる雰囲気を持つ隣接地区とのつながりが見えづらくなります。みなとみらいの美しい環境の中で高尚な美術を語るだけ、ということにならないよう、こんにちの美術館としては少し注意せねばなりません。 

内海さん:そうですね、黄金町の方は日常的に地域の子どもが駆け回ってるし、夕方になると外国語しか話さない人が増えたり。例えばインドネシアのアーティストが来た時には、市内のインドネシアコミュニティからもお客さんが来てくれるなど、アーティストを通して地域に住んでる人々を知ることができています。

美術館の中ではあまりローカルを感じたり、知ってる人が展示やってるから見に行こうという関係性は難しいですよね。面白さを保つという意味では、みなとみらいの開発計画と、黄金町の都市計画というのはそれぞれが大切だと思うんです。

地域とのつながり、アート・カルチャーの貢献

内海さん:地価をあげない、ということも大切だと思っています。ニューヨークみたいにクリエイティブになったことで地価が上がると、それまでいた住民が追い出されてしまい、ジェントリフィケーション(再開発や文化活動による都市の富裕化)の第一段階みたいになってしまうんです。

黄金町にも海外から視察が来ますが、いつも12年以上活動していることを話すとすごく驚かれるんです。世界的には、5年もあればアーティストインレジデンス(※)によって地価が上がり、大きく地域が変わってしまうそうです。なぜ黄金町は地価を保てているかといえば、アーティストが入れ替わり立ち替わりしているからだと思います。施設も狭いので、そこまで確立されたアーティストというよりは、このサイズで収まる作品をつくっているアーティストたちです。大きなサイズの作品が売れるようになると出ていくという(笑)そうして同じくらいの収入の人たちが入れ替わることで、施設の提供が持続可能になるし、地価も保たれて、また全体的な雰囲気も保てていると思います。

国内外のアーティストや工芸家、デザイナー、建築家など、クリエイティブな分野で活動する人を対象にした、一定期間ある場所に滞在しながら作品制作や発表ができるプログラム。

蔵屋さん:横浜美術館の場合、地域への貢献は、なにより市立美術館としては稀有な施設の規模と、コレクションの充実度によってなされるものと思います。横浜美術館には「みる・つくる・まなぶ」という3本柱の基本方針があるのですが、「みる」は展示、「まなぶ」はライブラリー、そして「つくる」は市民の造形活動や鑑賞活動を支える部門を指しています。特に横浜出身者なら、子どものころ、ものづくりをしながらわいわい遊ぶ人気プログラム「親子のフリーゾーン」に参加したことがある人も多いでしょう。子どものころに美術館を訪れた経験ってとても重要で、大人になって美術館を訪れる人の多くが、子どものころに何らかのかたちで美術館訪問経験を持っているというデータがあります。 そして、こうした何十年にもわたる長いアートと人生のおつきあいを支えるためにも、やはり、その時期だけ作品をよそから借り集めて行われる特別展以上に、ずっとそこにあっていつでも会いに行ける館のコレクションが重要です。子どものころに見るのと、年を重ねてから見るのとでは、同じ作品でもまったく見え方が変わります。またコレクションは、こうして常に身近にありながら、ここではない時代と場所に生きる人々のことを考えさせてくれるものです。身近な経験が遠い世界につながっていることを実感し、そこで他者に共感を寄せるすべを学ぶことができるのです。 

コロナ禍における黄金町バザール、ヨコハマトリエンナーレ

内海さん:今年の黄金町バザールは客層が変わった印象でした。コロナがあってあまり遠くに行けないのか、家族連れが多かったし、予約制にしなかったので意外にも5〜6名のグループが結構来てくれました。

蔵屋さん:ヨコハマトリエンナーレ2020は、会場での密を避けるため入場人数制限をしているので、これまでのヨコトリの半分くらいの来場者見込みです。しかし、たとえ来場者が少なくとも、今みたいな時こそ市民の生活を文化によって豊かにしなければならない、加えて、ヨコトリに人が来てにぎわいが戻ることで経済も息を吹き返すんだ、という横浜市の強い意志があって、開催が決定されました。あぁ横浜市は基礎自治体としてちゃんと市民の顔が見えているんだなぁと、ちょっと感動しました。 

内海さん:ディレクターがラクス・メディア・コレクティヴ(Raqs Media Collective、インド・ニューデリーを拠点にするアーティスト集団。以下、ラクス)だったことも大きな存在感でしたね。

蔵屋さん:そうなんです。アジアとヨーロッパ、アフリカの真ん中にあるインドを拠点とするだけに、彼らの視野はとても広く、ナイジェリアの若い世代はいまこんなことを感じているんだ、とか、トルコの女性たちはイスラム教社会に生きてこんなことを考えているんだな、とか日本人のキュレーターではなかなか意識が向かない地域の作品をわたしたちに示してくれます。コロナ禍になって、海外に出て知見を広めることはむずかしくなってしまいましたが、そんな今だから、横浜にいながらにしてわたしたちの思考を広い世界へと連れ出してくれる彼らがディレクターで、本当に良かったと思いますね。

ヨコハマトリエンナーレ2020 展示風景   

アートを通して見た「未来」を考える

内海さん:日本では”アーティスト”というと、どうしても成功者のイメージが強いんですが、アーティストってもっと身近にいるんだってことを伝えたいんです。よくわからないものを作ってる人が、放っておいたら世の中から敗北者のようにまとめられてしまうんでは、既存の成功モデルだけしか認められないことになります。それは結局、自分たちが苦しむことになりますし、その成功モデルに乗れなかった人たちはどうなるのかを考える必要がありますよね。

アートの役割の一つとして、物事をスローダウンさせることがあります。資本主義社会の仕組みは、資本が投下されるごとにスピードが早まるわけですが、アートの資本はスピード優先の流れとは異なる回路を生み出すことができると思います。

黄金町の小学生たちが、「なんだかよくわからないけどいつもあそこでものを作ってる人」を身近に見ながら育ったら、過去の暗い歴史とは違う目線で黄金町を語るはずです。そうした変化が周りに見えていくことが重要だと思うんですよね。それよりもスピードの速さを選んで東京のコピーみたいな横浜を作りたいならそれでもいいですけど、でもそれによって失われるものが何なのかまで明確にしておいたほうがいいと思います。

蔵屋さん:たとえば横浜美術館には、100年ほど前に作られた作品がたくさんあります。つまり美術館には過去の知恵がつまっているのです。その知恵は単に埃をかぶって古びたものではありません。それらを深く読み取れば、そこに現在や未来を読み解く鍵が見つかります。前職の東京国立近代美術館時代のことですが、ほぼ100年前の関東大震災(1923年)前後に作られた作品を調べていたんです。そこで、震災のあと、復興の景気づけに東京オリンピックや万国博覧会の開催が決まり、しかし日中戦争の勃発で中止となった、という歴史を知りました。当時の多くの作品から、そのころの社会の空気が生々しく伝わってきました。いまわたしたちは、よく似た時代の推移を経験していますよね。このように、現在や未来を読み解く種は、過去の中に、とりわけ社会の変化に敏感なアートの中に、しばしば隠れているのです。

ヨコハマトリエンナーレ2020のキーワードの一つに「毒との共生」がありました。昨年発表されたときにはみんな何のことやら、という感じだったんですが、その後コロナウイルスの感染拡大があり、「毒との共生」は誰の胸にもすっと落ちる問題提起となりました。ラクスはまるで預言者のようですが、おそらくそうではありません。コロナウイルスが引き起こした事態の種は、過去の疫病流行の歴史の中に、また環境問題で議論された事象の中に、よく見るとたくさん隠れていたのです。それをアーティストたちは感じ取り、作品を作り、そして、自身もアーティストであるラクスが大きな展示に組み立て、みなさんに示したのです。美術館は、わたしたちに過去の知恵をもたらすたくさんの作品が、現在と未来を示すべく待機している、そんな場所なんです。

取材・文/ やなぎさわまどか

横浜美術館館長蔵屋美香さん

1966年千葉県生まれ。93年より東京国立近代美術館に勤務し、2008年より同館美術課長、 16年より同館企画課長に就任。2013年の第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展では 日本館キュレーターを務め、日本館として初の特別表彰を受賞(アーティスト:田中功起)。2020年4月より横浜美術館 の館長に就任。
横浜美術館
https://yokohama.art.museum/index.html

黄金町エリアマネジメントセンター/キュレーター内海潤也さん

1990年東京都生まれ。2018年東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻修了、ラリュス賞受賞。国際展、ジェンダー、政治に関心を向け、現在は主に東南アジアの現代アートのリサーチ、展覧会、トークイベントなどの企画を行う。2018年4月より黄金町エリアマネジメントセンターでキュレーターとして活動。
黄金町アーティストインレジデンスプログラム
http://www.koganecho.net/artist-in-residence/